2026リープクネヒト・ルクセンブルクデモ
ドイツ再軍備と徴兵制との闘いの先頭に立つ若者
高校生が「3・5反徴兵・反戦デモ」を計画

ドイツ再軍備と徴兵制復活との闘いの幕開け
――「リープクネヒト・ルクセンブルクデモ」――

 1月の第2日曜日、「リープクネヒト・ルクセンブルクデモ」で年を開けるのが、ドイツのコミュニスト、左翼、戦闘的労働者・人民の慣例となっている。
 今年の追悼デモはトランプのベネズエラ侵略とドイツ再軍備の下、1月11日の日曜の朝開始された。ドイツ共産党(DKP)のパトリック・ケーベレ議長は、拡声器から連帯の重要性を訴えた。「帝国主義者たちは、あらゆる手段を講じて多極世界の出現に抵抗している。彼らの攻撃目標は現在、ベネズエラ、キューバ、パレスチナ、イランである。究極的にはロシアと中国である。これは世界戦争の脅威を伴う危険なゲームであり、だからこそ、帝国主義者たちに平和を迫ることが我々の義務なのだ」と。
 イギリス、デンマーク、ギリシャ、チェコ、トルコの共産主義者を含むDKPブロックに続き、SDAJ(ドイツ共産主義青年同盟)、SDS(ドイツ社会主義学生同盟)、リンケ青年組織からなる青年ブロックが、1千人の参加者を率いてデモ行進を行った。例年よりもこれら青年・学生が目立ち、デモ参加者の約3分の1を占めた。彼らのスローガンは「徴兵にノー! 平和にイエス!」だ。参加者は言う、「ドイツにおける再軍備は社会福祉の解体を伴っており、それは特に私たち若者に影響を与えており、労働者階級への攻撃という形でも影響を与えている」と。
 デモは、フリードリヒスフェルデ中央墓地にある社会主義者記念碑まで到達し、赤いカーネーションが捧げられた。最後の追悼式には1万人を優に超える人々が参加した。

ドイツ革命と二人の英雄 ――カールとローザ――

 デモの追悼対象の2人の共産主義革命家について触れておきたい。1919年1月15日、ドイツ革命の二人の英雄、カール・リープクネヒトとローザ・ルクセンブルクが虐殺された。1914年12月、カールは帝国議会で帝国主義戦争を支持する「戦争公債」にただ一人反対票を投じた議員である。彼は、ドイツの労働者階級は一致して戦争を支持しているという日和見主義者の主張を排し、ドイツにおける戦争反対の人民を結集する旗を高く掲げたのである。
 かつてドイツ社会民主党は、反戦とプロレタリア国際主義を主張し、当時西欧最大の社会主義政党であり、第二インターナショナルの中心的存在であったが、第一次大戦勃発の決定的瞬間に、祖国防衛を主張し、戦争遂行に賛成したのである。これにより国家の枠を超えた労働者階級の解放を目指すとしていた第二インターナショナルは崩壊した。
 一方、ローザは、ポーランド出身のドイツ人革命家で、同じくドイツ社会民主党を「悪習紛々たる屍である」として、その修正主義者・日和見主義者と闘い、反帝国主義、反戦の旗を掲げた。レーニンは、鷲は雌鶏よりも低く降りることはあっても、雌鶏は決して鷲のようには飛び上がれないという寓話をもってこの偉大な革命家を賞賛した、幾つもの誤りを犯したが、「彼女はやはり鷲であり、今も鷲である」と。(「政論家の覚え書」全集33巻p207~8)
 社会民主党内左派のカールとローザらは戦争協力を拒否し、1916年1月に自国帝国主義と戦うスパルタクス団(名称は古代ローマの奴隷反乱の指導者スパルタクスに由来する)を結成し、幾度も逮捕・投獄されながら闘争の組織化を進めていく。
 ロシア革命は、大戦末期のドイツの疲弊した兵士と困窮する労働者階級に大きな影響を与えた。1918年11月3日、キール軍港の水兵たちは、出撃命令を拒否し反乱を起こした。ドイツ革命が始まった。艦船の指揮権を奪い、赤旗を掲げ、水兵評議会を結成した。市内に上陸して市政を支配下に収めた。キールから各地に赴き、1週間以内にはドイツのほぼ全域に反乱を拡大させた。工場では労働者評議会を、在郷軍では兵士評議会を結成した。この労兵評議会(レーテ)はロシア革命のソヴェトにならい、大都市では行政を引き継いだ。1918年11月9日、皇帝ヴィルヘルム2世はオランダに亡命し、ドイツ帝国は崩壊し、11月11日、第一次世界大戦は終結した。水兵の反乱からわずか8日後のことである。
 キール反乱の11日前にはカールが、5日後にはローザが、大衆の革命的圧力によって獄中から解放され、スパルタクス団は12月末にドイツ共産党を創立した。党は1月初め、労兵評議会への権力の集中を主張し、社会主義革命への転換をめざし、ベルリンで武装蜂起に踏み切った。臨時政府首班の社会民主党指導者エーベルトは、旧帝国陸軍の実力者グレーナーと手を結び(「エーベルト・グレーナー協定」)、凶悪な反共・反革命準軍事組織「フライコール」(後のナチス、突撃隊SAの思想的・人的基盤となる)を使って弾圧し、1月15日に二人を逮捕し虐殺した。二人が目指した社会主義革命実現の課題は次の世代に引き継がれることになった。

「ローザ・ルクセンブルク会議」――若者が徴兵制と戦争計画への抵抗の最前線に立つ

 デモの前日、「ローザ・ルクセンブルク会議」が開催された。労働組合員、青年団体、メディア団体、左翼政党など数千人が結集した。世界中から集まった参加者は、パレスチナ、ベネズエラ、キューバとの連帯を強調した。プログラムの大部分はドイツ国内の情勢に焦点を当てた。
 経済学者イェルク・ゴールドバーグが指摘した。ドイツ政府は、グローバル・ノース諸国と同様に支配の危機に直面して、社会保障と労働者の権利を踏みにじり、国の軍事化を推進している。特に最近注目すべきは、戦争計画への抵抗の最前線に学生や若者が躍り出ていることだ、と。
 会議の青年パネルは、生活基盤を脅かす政策を通じて、若者を軍隊に入隊させようとしている状況を検証した。労働組合「ver.di」のマックス・ラトケは、今日の若い労働者や学生に課せられている状況は、裕福な家庭に支えられていない人々にとって「経済的脅迫」に等しいと主張した。このため、もう一人のパネリストであるセリーナ・フィスターは、徴兵制反対は生活水準全体の改善要求と並行して行われなければならないと強調した。
 左翼党の若手ダヴィド・クリストナーは付け加えた。徴兵制の再導入は階級的利益の問題として理解されるべきだ、「誰が殺し死ぬために派遣されているのか、誰の利益のためなのか」をより鋭く分析する必要性を強調し、現時点での政治的責務は「抑圧と軍事化に代わる実践的な代替案」を作り出すことだと述べた。看護師で労働組合員であり、DKP党員でもあるタチアナ・サンバレは、「NATOを真の侵略者として厳しく非難し、軍事費拡大、社会保障費の削減、賃金損失の関連性を明らかにするために、組合内でより積極的な戦略を講じるべきだ」と主張した。

高校生は3月5日に再び闘いを挑む

 昨年12月に大ストライキを行なった高校生たちは、「一時的な兵役義務」という策略が、信頼できない好戦的な政府によって築かれた「塹壕への直接的な導管」だと認識し、3月5日に第2波の大闘争を準備している。まず政府と軍の貧困に付け込むリクルート活動を暴露し批判すること、次に徴兵問題への若者の関心を高め議論する場を広げること、最後に学校ストライキ委員会の組織的な連携協力を強めることを、工夫を凝らして追求している。
 政府と軍は、若者をあの手この手で入隊させようとしている。職業経験のない若い志願兵には入隊初日から月給2400ユーロ(約44万円、20歳から25歳のフルタイム勤務の若者の平均月収の1・2倍)、最低勤務期間は6カ月、だが1年を超えると増額。軍は運転免許証の補助(18歳の申請者コストは4000ユーロと高額)、公共交通機関の無料利用、児童手当といった「特典」も提供。これでドイツの新兵は欧州最高給の新兵となる。
 2008年以降に生まれたすべての子どもは、18歳の誕生日に義務的なアンケートを受け取る。男性に対しては軍及び医療登録が義務とされている。甘い誘いにもかかわらず、軍への入隊志望者が十分な数に上らなかった場合、若者の徴兵は最初は抽選で決めるなどと、若者の命を愚弄し、くじ引きの対象程度にしか見ていない。
 若者たちはローザ・ルクセンブルク会議に参加した。学校ストライキ委員会のメンバーは、生徒を収容するための教室が足りないのに、政府は戦争のために5000億ユーロ(92兆円)の特別基金を発表したと非難した。国際青年協会のメンバーは、「戦争に反対するサッカー試合」などのスポーツイベントを企画し組織していること、共産主義青年同盟は徴兵に関する「学校住民投票」を実施し、学校が4対1で反対票を投じたことを報告した。ゲッティンゲン市内全体にストライキ委員会が設置され、他地区の学校からストライキ委員会に組織支援要請が来るようになったことを報告した。高校生たちは、再び大闘争を組織し、政府と軍に挑もうとしている。


(渉)

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