現代帝国主義研究(連載その6)
『帝国主義と中国の発展』(ジャン・クロード・ドローネー) [上]
~帝国主義のレンティア帝国主義への転化と歴史的没落の始まり
――「金融化された蓄積」による寄生性と腐朽性の完成――

はじめに

 本著作「帝国主義と中国の発展」(Imperialism and Chinese Development)は、フランスの経済学者ジャン・クロード・ドローネー(「世界政治経済学会」の副会長)の2025年7月『世界マルクス主義評論』第2号に発表されたものである。(原文:帝国主義と中国の発展 |ワールド・マルクス主義レビュー
氏は、南寧(中国広西チワン族自治区)在住のマルクス主義経済学者である。
 本著作は独特の構成で展開されている。普通、帝国主義を論じる場合、帝国主義世界だけを取り出して展開するのに対して、寄生し腐敗する帝国主義と勃興する社会主義中国を真っ向から対比する形で論を展開しているのである。つまり、20世紀後半から価値を生産するのではなく価値を略奪する「レンティア帝国主義」(Rentier imperialism)に転化した米帝主導の西側帝国主義と、価値を生産し「世界の工場」としてグローバル・サウスと世界経済に貢献する中国社会主義の対抗構造を、世界史の現段階の最も重要な特徴だと論じているのである。
 内容は2部構成である。第1部では、20世紀後半の四半世紀からの帝国主義の危機と再建の新しい内容が考察され、第2部では、中国が帝国主義の只中に入り込み、改革開放に転換し、苦闘を続け、2010年代初頭には帝国主義の経済的依存から脱し始めて今日に飛躍するまでの過程が考察される。
 著者は、中国を取り巻く帝国主義的環境を理解するために、二つの下位時期を区別して論じている。キーワードは「レンティア帝国主義」である。第1の時期は1960年代後半から1970年代にかけてであり、この時期の帝国主義は経済的・政治的危機に直面していた。第2の時期は1980年代から1990年代にかけてであり、この時期に世界帝国主義は米帝国主義の主導のもと、新たな資本蓄積様式としての「金融グローバリゼーション」を梃子にただ人為的に金融市場をつくり出し、特に新興・途上諸国全体から価値収奪を行う「レンティア帝国主義」に転化したと分析する。ソ連崩壊後の1990年代に帝国主義は経済的・政治的に顕著な成功を収めたが、それは、世界帝国主義の歴史の頂点であると同時に没落の始まりでもあった。


(編集局)

連載 : 現代帝国主義研究 | コミュニスト・デモクラット


[1]帝国主義、ドルと金融グローバリゼーション

(1)1970年代の戦後最初の帝国主義の危機

 第二次世界大戦後、帝国主義諸国は反植民地独立闘争の攻勢を受けたが、およそ30年間にわたり相対的な繁栄を享受してきた。しかし、1960年代の終わり頃からは、予期せぬ現象の「スタグフレーション」が出現し、対外的な面においても、国際通貨体制がほぼ完全に混乱状態に陥った。戦後の発展ペースの断絶が明確となったのは、1973年および1979年に中東産油国が原油価格の大幅引き上げを決定したときであった。75年にはベトナム人民が米帝を敗北させ、79年にはイラン革命が勝利した。先進諸国では失業が顕在化し、大規模な抗議行動、政治運動、労働運動が巻き起こった。
 一方中国は、朝鮮戦争以後、米国をはじめ先進諸国から経済封鎖を強いられていた。社会主義陣営は分裂していた。しかしながら、1964年にフランスが中国を外交的に承認したことは重要な転機であった。当時、世界的な帝国主義体制の内部において、米帝国主義が最も強大であり、支配的かつ指導的な政治的地位を占めていたからである。

(2)帝国主義の立て直しと再編成~帝国主義の過小評価の誤り

 著者は、1970年代は、世界的にみて転換期にあたり、思想的にも社会的にも動揺の激しい時代であったが、同時に多くの幻想に支えられた時期でもあったことを指摘する。その幻想の一つが、「帝国主義体制の力が衰退段階に入った」とするものであった。それは脱植民地化の不可逆的な進展、1975年のベトナムにおける米軍の敗北、そしてソ連および中東欧の人民民主主義諸国が備えているように見えた強大な力を根拠にしていた。一定の説得力を持っていた。
 だが実際には、米帝国主義の終焉は訪れなかった。むしろその逆である。左翼・共産主義者はこの帝国主義の再生力を過小評価したと言える。ここで著者は、過小評価の源泉として一つの問いを発している。「この体制を批判した者たちは、世界大戦がその体制にもたらしたものを過小評価したのではないか」と。一方では、大戦は過剰資本を十分に破壊し、その価値増殖過程の再始動と技術的近代化を容易にした。他方では、この過程において米国的要素が全体の中でますます強大なものとなった。社会主義体制がなお産業的には未発達であり、しかもヨーロッパ大陸においてはその戦争の主要な打撃を被った状況のもとで、グローバル帝国主義はむしろ一層の活力を得ることとなった。当時、社会主義陣営の分裂は既成事実となっていた。
 帝国主義諸国の最初の対応は、1971年に始まり1976年にいわゆる「ジャマイカ合意」として正式に承認された通貨体制において現れた。ブレトンウッズ体制は完全に崩壊した。ドルと金との交換は停止され、ドルは基軸通貨となり、金は非貨幣化されて単なる商品となり、為替は変動相場制となった。それが現在も継続している。
 その第一の結果は、米国の圧倒的な国力により、金との結び付きから切り離されたドルが、世界の通貨的中心となったことである。第二の結果は、為替レートの目標を維持する必要がもはやなくなり、したがってドルが事実上の「世界的等価物」となったことにより、貿易収支を均衡させる義務もなくなった米国が、世界に対して無制限の債務国となり得たことである。確かに誰もこのような展開を予想できなかった。
 当時、中国が直面し考慮せざるを得なかったのは、次の二重の状況であった。第一に、米国が事実上無制限の輸入を準備していたため、中国にとってはほぼ無制限に輸出できるという好機が存在した。第二に、二つの通貨的制約があり、一つは人民元をドルに連動させてその為替関係を厳密に維持すること、もう一つはドルを自国の準備通貨として保有することであった。
 米国は、自国通貨を通じて世界を直接的に支配する能力を一層強化したとはいえ、米独占資本のためにドルをもっと効果的な国際通貨とするにはまだ不十分だと感じた。そこでドルと石油との間に一種の緊密な連関、=「ペトロダラー」体制を確立した。サウジアラビアは、揺るぎない米国による政治的・軍事的保護と引き換えに、以後50年間、自国の石油取引をドル建てで行うことを約束した。この取り決めにより、石油を購入する世界の国々は、この不可欠な資源を購入するためにドル準備を蓄積せざるを得なくなった。またこれによって、ドルは金から切り離されたとはいえ、その価値が無秩序に変動することはなく、せいぜい石油価格の動きに応じて変化する程度であるという印象を与えた。さらに1980年代から1990年代にかけての約20年間、米国政府は「金融のグローバル化」(financial globalization)の複雑なプロセスを通じて、通貨を基盤とした支配体制を強化した。

(3)世界基軸通貨としての米ドル~「売買」ではなく「価値の略奪」が可能に

 帝国主義は、単に他国や他民族に対して行使される権力の作用にすぎないものではない。「脱植民地化の時代にあって、このシステムは、その搾取手段の幅を広げなければならない」(this system must enrich the panoply of its means of exploitation)。「これこそが、帝国主義が機能し続ける上で、貨幣がますます重要になってきた理由である」(This is why money has become increasingly important for the very functioning of imperialism)この認識は決定的に重要だ。「貨幣」(ドル)の役割が、帝国主義のこの時代に、帝国主義そのものを変容させる決定的要因になったのである。
 著者はここで、米国の特別な地位について、つまり単純な売買を通じてマルクス『資本論』第1部「資本の生産過程」第1篇「商品と貨幣」論に基づいて分かりやすく解説する。物を買うためには、物を売って貨幣を手に入れる必要がある。それには商品の品質が良く価格が安くなければならない。だから売ることの方が買うことよりも難しい。買うことは貨幣を持ってさえいれば容易にできるからだ。図示すればW1(商品)―G(貨幣)―W2(商品)となる。この関係は国際貿易関係にも当てはまる。米国だけは自由にドル紙幣を刷る発行権を持つがゆえに、まず最初に自らの商品を売ってドルを得る必要性がない。売買プロセスの前半が消失している。こうして米国はドルを乱造し買いまくることができる。しかし、そのドルはもはや物的価値に裏打ちされず、それから切り離された紙切れに過ぎないがゆえに、表面的には売買に見えるが本質的にはドルによる収奪であり、略奪なのである。
 中国の指導者たちは、ドルは単なる交換の媒介ではなく、他者の労働を無償で取り込むための普遍的な収奪手段となったことを即座に理解していた。すなわち、中国の労働者の労働コストが低く、労働時間が長く、かつ熟練度も一定水準にあることが、欧米の富裕な市場への容易なアクセスを可能にするという認識である。彼らは、このような状況下では、自国製品の価値が過小評価されることによって搾取されること、ドル建てで中央銀行に保管せざるを得ないことを承知していた。しかし、これを自国の発展の代償として受け入れたのである。つまり、短期的に身を切ることによって、将来の発展を手に入れたのである。貧しい途上国から発展するには、それしか道がなかったのだ。

(4)現代帝国主義の新たな資本蓄積構造~「金融化された蓄積」

 ドルが金との兌換を断たれたことにより、米連邦政府による通貨発行が過剰流動性を生むことは最初から予見されていた。この時期に他の要因も現れたが、最も重要だったのは、情報技術を基盤とする新しい生産力の出現であり、それは以前の時代に比べてはるかに大きな投資を必要とした。こうした新たな状況を、脱植民地化の進む有限な世界の中でどのように考慮すべきか。しかも、帝国主義諸国の利潤率が低下していたため、これらの問題への解答は急がれていたのである。
 この「解決策」は、1970年代から1990年代にかけて試行錯誤のうちに発展した。それは「金融のグローバル化」、より正確には「金融化された蓄積(financialized accumulation)」である。生産から剰余価値を得るのではなく、生産することなしに、ただドル発行を通じて剰余価値を他者から略奪することである。以下の3つのルートがある。

①金融証券 ~生産資本と架空資本の分離
 あらゆる生産様式において、貨幣とは、消費や新たな生産のために、財やサービスの価値を利用する「権利」を表すものである。しかし、生産に必要な資本の規模が拡大するにつれ、実際の生産資本と、証券資本すなわち架空資本(fictitious capital)との分離が生じた。
 第一次産業革命は、家族による自己資金を基礎として遂行された。第二次産業革命は、多数の貯蓄者の資金を集約することを必要とした。現在進行中の第三次産業革命は、ますます膨大な初期投資を必要とする。金融証券の取引量は、物質的生産力の拡大と歩調を合わせて発展し、その過程で生産力は資金調達の面でも社会化された。

②流動性の維持と障害の克服~「負債経済」から「資金調達経済」へ
 1980年代以降、グローバル帝国主義が取り組んだ金融化の過程は、第三の科学技術革命、すなわちデジタル革命によってもたらされた生産力の社会化の状況の中で進行した。米国の経常収支赤字によって生み出された大量の流動資金が存在したが、資本の過剰蓄積(overaccumulation)が長期にわたって続いていたため、それらの資金は実体経済への投資に慎重であった。その一方で、新しい生産力は、固定化した莫大な資本が稼働可能となることを要求した。それらに対応するために証券が非常に迅速に流動化できるシステムが整備され、投資を恐れなくなったのである。
 この当時、米帝国主義者が発明したものが、流動性(liquidity)と証券(securities)を相互に転換する仕組みである。帝国主義は、銀行が融資を行う伝統的な「負債経済」(economy of indebtedness)という比較的硬直的な体制から、貯蓄を集約しそれを市場で証券という形で運用・再配分する「資金調達経済」(economy of financing)へと移行した。
 世界は流動性によって覆われるようになり、その流動性を金融市場によってヘッジ(防御)する必要が生じ、これらの市場は高度なテクノロジーによって相互に接続され、連続的に作動するようになったのである。今日に至る金融バブル構造の形成である。

③証券市場を通じた資産売却益の追求~間接的形態による利潤率の実現
 第三次産業革命は、かなりの使用価値の生産を導くことができたが、その実現には一般的条件(インフラ投資や集合投資など)の整備が不可欠である。ところが、世界帝国主義体制は、このような条件を創出する能力を欠いている。この科学技術革命は、技術資本・人的資本・公共支出のいずれの面でも過大なコストを要し、さらに生産される使用価値の規模があまりに巨大であるため、資本主義的社会関係の枠内では採算が取れない。
 経済的・社会的生活の金融化は、この重大な困難に対処することを目的としている。資本の利潤率は、「労働の搾取を通じた企業内の直接的な形態」のみならず、「金融および市場を介した間接的な形態」によっても実現されるようになった。その方法とは、経済活動を代表する資産の価値そのものの売買を通じて剰余価値を吸い上げる手段へと転化することであり、剰余価値を生産する必要も他者に剰余価値の生産を間接的に強制する必要もない。貨幣それ自体が、短期的利益を得るために取得される資産となり、既存の剰余価値源泉からの吸い上げによって利益を得る手段となる(例えば人員整理後の企業の転売など)。
 ジャン=マリ・アリベイによれば、マルクス主義の資本主義価値理論は、世界的レベルでは当然ながら労働価値説であるが、個々の企業レベルでは、必然的に「奪取された価値(captured value)」の理論となる。実際、世界全体で生産された価値は投下資本の大きさに応じて企業の間に分配されるため、各企業が得る価値(利潤)は、各企業で生産された価値ではない。現代の金融化された資本主義における「価値の奪取」という現象は、19世紀末からすでに資本主義に内在していた過程を拡大したものなのである。すなわち、一方では、蓄積された資本の規模とそれに伴う金融証券の量の増大、他方では、競争の激化によって一層強化される資本の集中・統合の動きがその要因である。
 ここに独占資本の戦略を示す3つの事例がある。独占資本の金融化は利潤率を回復させる手段である。剰余価値の搾取を生産なしでできるのは金融を通じてなのである。
 第一の例は年金基金である。積立型年金制度とは、関係者が預けた金額を機関が集中してさまざまな有価証券に投資する仕組みである。これらの有価証券は利益を生み、受益者が退職する際に売却される。拠出従業員の退職は、一部は、労働力を搾取し他所で生み出された剰余価値を搾り取る管理者の能力に依存する。
 第二の事例は株主価値である。会社の株主は、会社が発展するために必要な資本(貯蓄)を提供し、その貢献度に応じて利益を得る。この半世紀の間に、資本主義企業はコモディティ化し、いつでも他社に買われるものになった。
 第三の事例は米国債である。ドルは、米国全体が商品や原材料を売ることなく、安い商品や原材料を中国経済から買うことによって剰余価値を吸い上げる手段である。米国側から見たこれらの米国債務は、米国政府がその額と引き換えに発行した米国債のおかげで「固定債務」となる。世界の他の国々が米国経済に対して持つ債権は、証券化され、海外の中央銀行によって保管される。米国債を保有する国々(例えば中国)の貯蓄は、実質的に貯蓄のない米国によってある意味で「注入」されている。
 他にも金融のグローバル化には、剰余価値を生み出すのではなく、それを収奪しようとするプロセスが伴う。例えば非常に大規模な産業企業は、年金基金のように振る舞い、証券の購入に投資し、その利益が通常の投資から得られる収益を上回ることを期待している。さらに、彼らは生産の場から自らを分離し、生産活動を下請けに出し契約の場へと変容させる。中国は一時期、下請けの場であった。要するに、独占資本は「レンティア」化、つまり金融的略奪で蓄積する傾向にある。

(5)レンティア帝国主義~最後は覇権維持のために戦争に訴える危険な段階へ

 著者は、米国主導による金融市場の規制緩和とグローバル化が、20世紀最後の数十年における資本主義の機能において最も顕著な現象であったと言う。しかし、中国を取り巻く帝国主義的環境を説明するには、「レンティア帝国主義」という概念の方が適切だと言い、それには二つの利点があるからだと指摘する。
 第一に、金融と並行する新たな生産力の存在が、利用権の売却を通じてレント(超過利潤)を生み出す。特許は定期利息収入を可能にする。こうした技術の私的所有が独占グループに組織化能力を与える。第二の利点は、レンティア帝国主義という概念に完全な広がりをもたらす要素は価値であり、労働の支出と商品の価値が存在するため、金利生活者による価値の収奪という現象を生み出すからである。
 米国によってグローバル化され支配されるレンティア帝国主義は、現在観察可能な世界帝国主義の形態である。これは三つの主要な現象の合流点に位置する。第一は、資本の利潤率が持続的に低下する傾向である。1970年代の変容をもたらしたのは、資本の長期的な過剰蓄積という現象である。第二に、独占資本が資本主義的社会関係の枠組み内でデジタル革命の内包するもの(必要な投資、生産量、消費のための価格引き下げ)に対処できないことである。第三に、生産的労働の超搾取が世界的規模で危機にあることである。
 20世紀の初め、帝国主義は依然として生産的であったが(was still productive)、この世紀の末までにそれは完全に寄生的な存在となった(has become completely parasistic)。だからこそ、今やその存在そのものが限界に達しているのである(he has now reached the last limit of his existence)。帝国主義の指導者たちは自らの支配が終わりに近づいている(their reign is come to an end)ことを予感し、結局は戦い危険になる(fight and are dangerous)、つまり戦争に打って出てでも覇権を維持しようとする危険な存在になり果てるのである。

*注:「レンティア」(rentier)は通常、「不労所得者」「金利生活者」を意味し、土地の地代、債券の利子、株式の配当など、生産や労働をせずに資産から得られる定期的な収入で生活する人や事象を指す。レーニンも『帝国主義論』において、資本輸出や膨大な証券投資を通じた金利や不労所得で成り立つ国家を「高利貸し国家」「金利生活者国家」と呼び、帝国主義の寄生性と腐朽の最大の特徴だと指弾した。


(続く)

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