【解説】
不戦の国際公約、日本国憲法を守り抜こう
高市政権は、戦後国際秩序を破壊する改憲策動をやめよ

 高市首相は、来年春までの憲法改正発議に道筋をつけると宣言した。今国会での論点整理を経て、秋の臨時国会には「改正」原案を立案、来年通常国会での提出・審査・可決、そして発議という最速のシナリオも報じられている。焦点は、9条改定による国防軍=自衛隊の明記と、戦時に備えた緊急事態条項の新設だ。
 今年は日本国憲法公布(46年11月3日)から80年、東京裁判開廷(同5月3日)から80年である。われわれはこれまで、日本国憲法を、憲法制定過程と条項に注目し、戦争放棄と天皇制残存との矛盾、君主制原理(象徴天皇制)と共和制原理(国民主権)との矛盾等国内的矛盾物としてとらえながら、平和主義的・共和主義的原理を徹底させる観点から憲法改悪反対を主張してきた。東京裁判を、日本の戦争指導者たちがA級戦犯として裁かれた軍事裁判としての意義を確認してきた。われわれは今回、戦後日本にとっての意義に加えて、日本国憲法の2つの世界史的意義について、問題にしたい。
 第一の世界史的意義は、日本国憲法は国連憲章と密接に結びつき、単なる国内法ではなく不戦の誓約書として国際公約の性格を持つという点だ。今年、侵略戦争の最大の被害国であった中国では、今の日本の改憲の動き、東京裁判否定の動きに対して、「戦後国際秩序を根底から覆すもの」として厳しい批判が沸き起こり、国際公約としての憲法を日本政府の勝手な判断で変えてはならないと厳しく批判している。中国の反ファシズム闘争=抗日闘争は15年にもわたって戦われ、甚大な犠牲を出しながら日本を敗北に追い込んだ。降伏によって日本は、日清戦争以降略奪した植民地の解放と侵略地からの撤退、戦争放棄と戦力の不保持を謳う憲法、そして侵略戦争と戦争犯罪を裁いた東京裁判の結果を受け入れた。この戦後国際秩序を覆すことは許されない。
 そして第二の世界史的意義は、まさに現在の帝国主義戦争への日本の参戦に対する明確な歯止めとなっているという点だ。高市首相が米の圧力のもとホルムズ海峡への自衛隊派遣の瀬戸際まで行ったが、憲法9条の存在がそれを許さなかったと報じられている。凋落する米帝国主義がその世界覇権を維持するために凶暴化し、世界中で侵略戦争を強行する時代に入った。米・NATOによるロシアに対する「代理戦争」の長期化、中東では、米=イスラエルのガザへのジェノサイド戦争、イランへの侵略、中米ではベネズエラへの侵攻、そしてアジアでは米帝主導で対中戦争が準備され、日本帝国主義が「先兵」になって「台湾」を口実に武力介入しようとしている。このような帝国主義戦争の時代だからこそ日本の参戦を阻止する法的武器、法的盾としての憲法は、ますます人類の未来の平和と平和共存を実現する先駆的な意義を持つ。
 われわれは、このような観点から、日本国憲法と東京裁判の意義を改めて確認したい。

日本国憲法は不戦の誓約書、「戦後国際秩序」の重要な一部

(1)日本国憲法は、カイロ宣言(1943年)、ポツダム宣言(1945年)、国連憲章の採択と国連設立(1945年)、東京裁判(46年5月開廷)という一連の歴史的な連鎖の中で誕生した。第二次大戦の終結によって生み出された新しい国際秩序の重要な一部をなしている。日独伊のファシズム諸国を一掃し、平等互恵の民主的な国家の連合体からなる国際秩序を作るという最重要の課題のために、日本人民の民主化要求と結びついて結晶したものが日本国憲法であった。
 カイロ宣言は、日本による侵略を止め、第一次大戦以降に日本が略奪したすべての太平洋の島々のはく奪、満洲・台湾・澎湖諸島の中国への返還、朝鮮の自由と独立を掲げ、日本の無条件降伏のために行動することを宣言した。
 ポツダム宣言は、軍国主義勢力の永久除去、戦争遂行能力の破砕、日本軍の完全武装解除、軍需産業の禁止、戦後賠償、民主主義的傾向の復活強化、基本的人権の尊重を日本に求め、無条件降伏を迫った。日本政府は1945年9月2日の降伏文書において、これらの条項を誠実に履行することを国際的に約束した。日本国憲法は、カイロ宣言、ポツダム宣言の中身を、国を縛る規範として条文化したものだ。
 それはまた、国連憲章の精神を徹底したものでもある。1945年6月に採択された国連憲章は、「基本的人権と人間の尊厳及び価値と男女及び大小各国の同権とに関する信念」を基礎とし、「二度まで言語に絶する悲哀を人類に与えた戦争の惨害から将来の世代を救」うために、「平和に対する脅威」や「侵略行為」の防止と鎮圧を、「平和的手段」「国際法の原則」に従って実現することを誓っている。この誓いを、日本に最も厳しく適用したものが、日本国憲法だ。

(2)憲法前文で、日本は「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることがないように」決意し、「平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会」すなわち国連が謳う新しい国際秩序において「名誉ある地位を占めたい」と願う。さらに憲法は日本一国にとどまらず「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」と宣言している。
 そのために、自らの責務として課したものが憲法の各条項だ。「国際平和を希求」するため、戦争と武力の行使を放棄すること、そのために陸海空軍その他の戦力と交戦権を保持しないことを9条で明確に規定し、生命・自由・幸福追求権を最大の尊重義務とし(13条)、差別の禁止(14条)、奴隷的拘束および意に反する苦役からの自由(徴兵制への歯止め)(18条)、思想・良心、信教の自由、表現の自由と検閲の禁止(19~21条)、健康で文化的な最低限度の生活の保障(25条)、文民統制(66条)、軍事裁判所を含む特別裁判所設置の禁止(76条)等憲法全体によって、国家権力が人民の人権や生活を踏みにじって戦争に突き進む条件をことごとく排除した。そして基本的人権を過去・現在・将来にわたって「侵すことのできない永久の権利」として保障(97条)、憲法に反する一切の法律等は無効(98条)、天皇、国務大臣、国会議員、裁判官等は憲法遵守義務を負っている(99条)。
 日本国憲法三原則「国民主権」「基本的人権の尊重」「戦争放棄」は、単に「軍隊を持たない」だけでなく、戦争をすることができないよう国家構造全体に縛りをかけ、そうすることで日本国憲法は、甚大な被害を与えたアジア諸国人民への誓いとしているのである。国連憲章第51条は自衛権に基づく武力行使を例外として認めているが、第9条はその例外さえも自発的に放棄した、国連憲章を超える平和主義の宣言である。憲法は前文で「日本国民」に対して「全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成すること」を求めており、この崇高な理想を放棄したり、改悪することを許していない。
 中国政府は、日本の今の動きを「新型軍国主義」と批判し、高市「台湾有事発言」に対して国連憲章の「敵国条項」適用の可能性に言及した。きわめて厳しい批判だ。国連憲章には「第二次大戦時に敵国であった国」(すなわち日本)「における侵略政策の再現に備える責任」が明記されている。高市政権の政策は、まさに侵略政策の再現ととらえられているのだ。そもそも日本で言う国連(United Nations、連合国)は、日独伊を中心とした枢軸国=ファシズム諸国を封じ込め、侵略戦争を禁じ、国際紛争を平和的手段で解決することを目的に作られた国際組織だ。設立時の51カ国から193カ国へと拡大し、当時敵国であった日本、ドイツ、イタリアも加盟しているが、ファシズムの再発を防止し、侵略戦争を阻止するという当初の基本理念は全く変わっていない。敵国条項は生きている。
 国連憲章は、1963年、1965年、1971年の3回改正されているが、いずれも安全保障理事会や経済社会理事会に関する実務的な内容で、本質的な変更はなされたことがない。「侵略戦争の禁止」「基本的人権と人間の尊厳」「加盟国の主権平等」といった国連の基本原則を変えようという動きが出たこともない。当然のことだ。世界は、国連憲章の理想の実現のために前進しようとしているのである。日本国憲法はさらにその先を行く。その理想への歩みを根底から覆そうとしているのが高市政権なのである。

侵略戦争を「平和に対する罪」として裁いた東京裁判80年

(1)1946年5月3日に開廷した極東国際軍事裁判(東京裁判)は1948年11月12日まで、2年半に及ぶ審理、818回の公判、419人の証人、4336点の証拠を通じて、日本軍国主義の戦争犯罪を国際的に記録し、A級戦犯28人を裁いた。
 判決は、東條英機第40代内閣総理大臣・陸軍大将(真珠湾を不法攻撃等)、板垣征四郎陸相・陸軍大将(中国侵略・米国に対する平和の罪)、松井石根陸軍大将(南京事件)、広田弘毅第32代内閣総理大臣(外相在任中の南京事件への不作為等)ら7人が死刑判決・執行され、鈴木貞一陸軍中将(対米開戦の主張)、南次郎陸軍大将(満州事変)ら18人が終身刑等となった(ほか2人が判決前に死去、1人が精神状態を理由に審理から除外)。
 東京裁判は、第一に、大日本帝国の国家としての戦争行為、すなわち1928年を起点とし、皇姑屯事件(張作霖爆殺事件)から1931年柳条湖事件、満州国設立、1937年盧溝橋事件と対中全面戦争への突入、フィリピン、英領マラヤ、オランダ領東インド(現インドネシア)等アジア諸国への侵略、1941年対米開戦、中国での残虐行為、そして1945年の敗戦に至る侵略戦争の全貌を明らかにした。第二に、それにもとづいて、南京大虐殺、バターン死の行進、泰緬鉄道建設での強制労働等々の戦争犯罪を認定した。

(2)だが、日本の侵略戦争の犯罪を否定し、天皇制軍国主義を賛美する歴史修正主義者からは、東京裁判について、「勝者による裁判」、「事後法の遡及的適用」等の非難が執拗に加えられている。しかしそれは全くの間違いだ。
 まず第一に、東京裁判は、日本が受け入れたポツダム宣言および降伏文書に基づいている。ポツダム宣言第10項 「吾等ノ俘虜ヲ虐待セル者ヲ含ム一切ノ戦争犯罪人ニ対シテハ厳重ナル処罰ヲ加ヘラルヘシ」との条項を根拠として、東京裁判が設定された。報復や奴隷化ではなく、公正で民主的な裁判によって、日本の戦争と戦争指導者を裁くことを旨とした。
 第二に、東京裁判は、被害国による加害国、被侵略国による侵略国の断罪と裁きである。「勝者による裁判」論は、日本が加害国である「侵略戦争」の性格を無視し、相対化し、「勝ったか負けたか」だけを問題にし、結局は侵略戦争を正当化するものだ。あくまで枢軸国、ファシズム国家の側にいた日本の戦争犯罪を裁く裁判だ。もちろん、中国人民の血みどろの抗日闘争が日本軍国主義を敗北に追い込んだのであり、もし抗日闘争が勝利しなければ、日本の敗北も、したがって裁判もなかったという意味では「勝者による裁判」なのである。
 第三に、東京裁判は、侵略戦争と戦争犯罪を禁じる、すでに存在していた国際法を根拠に裁かれたということである。判決は1928年1月1日から1945年9月2日にかけて「共同謀議」によって侵略戦争を行ったことを認定し、「平和に対する罪」(A級犯罪)で裁いた。
 「平和に対する罪」は、国際法違反の侵略戦争の共同の計画や謀議に参画した行為である。たしかにこの罪は、第二次大戦終結によって生み出された新しい国際秩序、国連憲章に基づく、侵略戦争否定を根拠としている。しかしそれは、従来の国際的な戦争法規や慣習法の内容を集約したものに他ならない。ハーグ陸戦条約、ヴェルサイユ条約、捕虜の待遇に関する条約、パリ不戦条約等を根拠とし、おびただしい証拠と証言によって厳密に認定した。特にパリ不戦条約は、侵略戦争の禁止を規定し、日本も批准している。決して「事後法の遡及的適用」ではない。
 それゆえ、1894年日清戦争による台湾植民地化、第一次大戦での南洋諸島の略奪、中国大陸での南満州鉄道の経営権獲得、1910年韓国併合等、1928年以前の日本の侵略は認定対象からは外された。それらはカイロ宣言、ポツダム宣言において、侵略戦争の結果強奪された地域として日本からはく奪することが明記されている。
 東京裁判は、侵略戦争と植民地支配を禁じる戦後の国際法、国際秩序の重要な判例となった。しかし米国による日本占領支配の思惑から、昭和天皇の戦犯リストからの除外、731部隊による細菌戦研究・人体実験等戦争犯罪の隠蔽、戦時性暴力や日本軍「慰安婦」=制奴隷制度の調査・立証の不徹底をはじめ、戦争犯罪や戦犯追及において不十分なものにとどまったのも事実だ。その結果、戦後の政財界への戦犯復活にも道を開いた。
 同様に、日本国憲法制定過程についても、象徴天皇制に形を変えた天皇制の残存、沖縄への日本の施政権停止と米軍占領継続・土地強制収容、在日外国人の選挙権はく奪など、今もなお続く重大な矛盾が加えられた。
 これらの追及は、後世の課題として残された。

歴史修正主義を許さず、日本国憲法を守り抜こう

(1)まさにこの東京裁判80周年の節目に、日本国内では東京裁判の正統性を否定する言説が意図的に振りまかれている。あいかわらず「戦勝国の報復裁き」「事後法による不当な裁き」と攻撃し、南京大虐殺や日本軍「慰安婦」など日本軍の加害事実を相対化・否認する「認知戦」(情報操作・世論誘導)をSNS上で大規模に展開している。狙いは、東京裁判が確立した加害の歴史認識を崩し、靖国参拝、憲法改正、軍備増強を正当化することにある。
 高市首相は日本の侵略戦争を「自存自衛のための戦争」と公言し、「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」や「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」等の有力なメンバーとして、政治家の靖国参拝や教科書改悪で主導的な役割を果たしてきた。東京裁判の正当性の否定、A級戦犯が合祀された靖国神社への参拝、憲法改悪の意図は一体のものだ。

(2)改憲策動は「日本の内政」問題ではない。中国メディアは、東京裁判を「日本軍国主義の罪行を釘付けにした歴史に刻まれた鉄の証拠」(紅色文化網、5月4日)と位置づけ、その否定論が「侵略責任の抹消と戦犯美化」という政治的実践に直結していると論じている。また5月20日、習近平国家主席とプーチン大統領は北京での会談後、「第二次大戦の勝利の成果を否定し、ファシズムと軍国主義を復活させようとする挑発に反対する」との趣旨の共同声明を出して日本を厳しく批判した。戦後反ファシズム連合の主要な担い手が、改憲・軍拡を戦後国際秩序への公然たる挑戦と明確に認定したのだ。
 日本の首相が、「日本国憲法は古くなった、時代にそぐわない」というのは、「国連憲章は時代遅れ」というのに等しい。時代が変化したから憲法9条を変えて軍隊を持ちたいというのは、トランプ大統領が侵略戦争を繰り返しているから、国連憲章を変えて侵略戦争を認めろというのと同じだ。
 日本国憲法を、過去の遺物としてではなく、未来への指針として守り抜こう。第9条は「時代遅れ」ではない。日本国憲法は、国連憲章の武力不行使原則を最も徹底した形で表現した国際公約であること、米帝が進める帝国社義戦争への日本の参戦に対する明確な歯止めとなっていること、この二つの世界史的意義を高く掲げよう。侵略戦争の反省の上に立つ9条は、日本だけのものではない。中国をはじめ被害国と人民もまた9条の当事者である。憲法を守ることは、アジアと世界の労働者・人民との連帯を築くことに他ならない

2026年6月9日
『コミュニスト・デモクラット』編集局

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