ペルー:反革命クーデター政権の打倒へ
カスティージョ復権を求め人民がリマへ大行進米軍の介入・干渉を許すな

ペルーのクーデター政権を支えるために約1100人の米軍部隊が新たに投入されている。ボルアルテ政権と議会が5月に承認して6月はじめから進駐し始めた。さらに6月15日には、ボルアルテが早期選挙を否定して26年の任期満了まで統治すると宣言した。それに対して人民の怒りが再び爆発し、全国から首都リマへ人民が結集する「第3次リマ奪取(占拠)」の全国行動(7月19日)が提起され、独立記念日の7月28日まで10日間の持続した闘いを行うことが決定された。12月のクーデター直後から2月までの人民の闘争を第101号で報告した。本号では、その後の経緯と現状について報告する。
 衰退した米帝国主義は巻き返しを狙い、ペルーに限らず、いたるところで反革命策動が行われている。ベネズエラについては前号で詳しく報告した。昨年8月にグスタボ・ペトロが大統領に就任して初の左翼政権がスタートしたコロンビアでは、米帝とオリガーキー反動勢力が経済を支配し、数多くの米軍基地が存在している下で、絶えずペトロ政権が遂行しようとする政策への妨害活動が行われている。アルゼンチンでは、この6月に、地下資源が豊富な北部のフフイ州で米国に支援されている反動的な知事が州憲法の新自由主義的改悪を強行し、先住民、労組、社会諸組織の反対闘争が高揚しているが、州政府は残忍な弾圧で対応し、米国南方軍が介入して州政府を支援している。等々。
 ラ米カリブの反米反帝勢力・革命的進歩的民主勢力による歴史的な勝利的前進と、それを阻止し逆転させようとする米帝の策動との間で、熾烈なせめぎあいが続いている。ペルーは、今、その最前線にある。    

(小津)

7月19~28日の「リマ大行進」

 昨年12月7日のクーデター直後から今年の2月にかけて大闘争が行われ、その闘争の圧力によって、ボルアルテ政権と議会は早期の総選挙を認めざるをえなくなった。だが、その間に70人以上の死者と多数の負傷者を出す軍事的弾圧が行われ、また3~4月には気候変動による自然災害が激しく、闘争の一時中断を余儀なくされた。しかし、歴史的に抑圧され続けてきた先住民が多数を占める地域、最も抑圧されてきた南部の先住民地域を中心に、全国的に闘いは持続してきた。その下で、バイデン政権が米軍部隊を新たに派兵し、さらにボルアルテが早期選挙を否定したことに対して、人民の怒りが再度爆発し、6月から再び闘争が高揚した。
 7月はじめに各地域の代表が第1回「地域・組織人民全国会議」を開催し、7月19日から28日までの10日間の持続した闘いを行うことを決定した。この7月19日と28日は、ペルー人民にとって特別な日である。7月28日はスペインからの独立記念日(今年は202周年)であり、7月19日は1977年に反動的将軍のクーデター政権をゼネストで倒した日なのである。
 7月19日に地方からリマへ先住民、農民、労働者、学生など数万人が結集し、首都の労働者・人民と合流してデモと集会が行われた。人民は「全国統一闘争司令部(CNUL)」を結成して統一行動をとった。全国各地でも、州都など主要都市を中心にデモと集会が行われた。国外在住のペルー人たちも、同胞と連帯するために各国のペルー大使館前に結集した。
 要求項目は(1)〝事実上の大統領〟ボルアルテの辞任、(2)反動議会の閉鎖、(3)早期の総選挙、(4)憲法制定議会の創設、(5)カスティージョ大統領の解放と復帰、(6)武力弾圧の犠牲者のための正義と責任者の処罰およびこの間の闘争での政治犯の解放。そして今回新たに(7)米軍の撤退と国家主権の擁護が加えられた。さらに先住民、農民、労働者などの女性からなる「女性全国連盟」(2006年創設、12万6000人)は、人種差別、女性差別を中心としたさまざまな差別の拒否を強く主張している。
 首都では警察官2万4000人の特別配備で厳戒態勢がとられた。初日は、いくつかの衝突があったが比較的平穏に終了。だが、連日のデモと集会に、各地で武力弾圧が行われた。抗議者たちは、リマのさまざまな場所に集まり、そこから議会議事堂に向かって行政府と立法府を拒否するスローガンを唱えながら行進した。「団結した人民は決して敗北しない」、「ディナ殺人者」、「国民は簒奪者ディナを否認する」、これらはデモ隊が掲げたスローガンの一部である。国家警察は群衆を解散させるために無差別に催涙ガスを使用した。警官隊は、人々を強引に広場から追い出した。彼らはデモ参加者のガスマスクや安全眼鏡を引き抜こうとし、報道陣が何が起こっているかを記録するのを妨害し、記者たちにも攻撃を加えた。統一闘争の指導部は、抗議デモの平和的行進に対する警察の弾圧を強く非難している。

新たな米軍部隊駐留と軍事演習

 米軍部隊は、これまで既にペルー軍基地内に常駐しており、また10ヵ所の米軍基地も指摘されているが、実態は明らかにされていない。今回は、新たに約1100人が投入され、ペルー軍の訓練のため12月まで駐留するとされている。だが、その真の目的は次の3点である。(1)ボルアルテ政権の安定を維持すること。(2)重要な鉱物資源と太平洋岸の重要な港湾をおさえること。(3)中国の進出に対抗すること。
 6月24日~7月22日には、米国南方軍が中心となり、ペルーを含む南米諸国との軍事演習が行われた(ブラジル、チリ、コロンビア、エクアドル、ウルグアイ、パナマが参加)。英国空軍も参加した。
 米国による約1100人の軍部隊の新たな派遣と軍事演習に対して、ペルー国内だけでなくラ米カリブ全域で反対の声が上がっている。

ボルアルテ政権の鉱山民営化

 クーデター政権は、4月にリチウム鉱山の民営化を開始し、カナダの鉱山会社に、南部プーノ地方でのリチウム探鉱の許可を与えた。カナダは米国とともにクーデター政権を支持し支援している。ペルーは、リチウムのほか鉱物資源が豊富で、銅はチリに次いで世界第2位。金、銀、亜鉛、鉛、鉄、錫、モリブデンなども豊富である。
 国の重要な戦略的資源を民営化する動きは、先住民コミュニティや左翼運動によって広く拒絶されている。プーノ地方は、先住民を中心に、カスティージョ支持とクーデター政権への反対運動が最も強い。先住民指導者たちは、環境保護と地域住民の健康を考慮した国営の開発を主張し、外国資本への売り渡しに反対している。また、鉱物の採掘によって影響を受ける地域に住む人々の環境と健康を守るために設けられたガイドラインが遵守されていないことを非難し、環境保護主義者への迫害を批判している。

支配層の割れと人民の結束強化

 極右リーダーのケイコ・フジモリは、クーデター以降ボルアルテ政権を支持してきたが、6月になって閣僚の交代を要求し、それが認められなかったことで6月14日にボルアルテを批判して支持を取りやめた。議会ではケイコ・フジモリの党「民衆の力」が第1党で、ボルアルテ解任の可能性も示唆した。選挙をにらみ、人民に極度に不人気のボルアルテ政権と手を切り、自らが復権する選択をしたものと評されている。大手世論調査会社の4月の調査では、ボルアルテ政権への支持は15%、不支持が78%だった。だが、反動議会に対する人民の不支持はボルアルテ政権以上で、支持6%、不支持91%である。
 この7月の闘いの中で、元国防相が、危機打開の唯一の方法としてボルアルテの辞任を要求した。ボルアルテは任期満了の26年まで政権を担当すると宣言したが、実際にできるとは、ほとんど誰も考えていない。
 闘う人民の側では、旧来の左翼がほとんど力を失っていたもとで自然発生的な闘争の高揚が大きな部分を占めてきたが、次第に組織的結集が前に出てきている。それは、様々な闘争団体が「全国統一闘争司令部」を結成して統一行動をとったことに現れている。ペルー共産党(PCP)は、闘っている人民の第1回全国会議が開かれたことを高く評価した上で、ディナ・ボルアルテの退陣と新憲法の制定を要求し、組織化されたすべての人民と可能な限り広範な団結を固めることが急務である、としている。
 独立記念日にボルアルテが議会で「抗議する権利を尊重する」と演説していたときに、外では激しい弾圧が行われ、警察はすぐ近くの通りでデモ隊を催涙ガスで攻撃していた。闘争指導部は闘いの継続を宣言している。

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