米中の「安定」の下で自ら対中戦争の最前線に躍り出る日本
安保三文書とは、国家安全保障戦略(外交・軍事の最上位方針)、国家防衛戦略(軍事力整備の目標)、防衛力整備計画(5年間の装備調達計画)を指す。
2022年12月に岸田政権が閣議決定した現行三文書は、安倍政権が強行した日米ガイドライン改定、集団的自衛権行使容認、戦争法制定を受けて従来の「専守防衛」から軍事政策を大転換し、中国を具体的な仮想敵とした大軍拡に踏み出した。①敵基地攻撃能力の保有を宣言し、②5年間で総額43兆円、2027年度に軍事費のGDP比2%という目標を決め、③長射程ミサイルの開発・実戦配備や大型弾薬庫の建設を進めた。
高市政権はGDP比2%を2年前倒しで達成した。長距離巡航ミサイルはトマホーク400発の配備開始をはじめ、ミサイル開発段階から大量配備段階に突入している。武器輸出は「5類型」を撤廃し殺傷兵器を含むあらゆる武器の輸出を解禁した。国会では「国家情報会議」設置をはじめ戦争国家作りの諸法案を数の力で強行可決した。この上に立って更に対中軍拡、戦争体制強化を加速しようとするのが今年末に予定されている安保三文書改定である。
2026年5月、北京での米中首脳会談で、トランプ政権は中国が提起した「建設的戦略安定関係」を受け入れた。だが米国は同時に、同盟国に軍事負担の肩代わりを求め続けている。米中間では衝突を管理し、対中包囲の実務と危険は同盟国に負わせる――米にとってこの二つは矛盾しない。高市政権は、台湾有事が存立危機事態になり得るとした国会答弁を撤回せず、意図的に対立を煽る。「戦後最も厳しく複雑な安全保障環境」を繰り返して中国・北朝鮮・ロシアの「脅威」を煽り、対中戦争準備に邁進している。日本は緊張緩和から取り残されたのではない。自ら進んで対中最前線に躍り出ようとしている。
現行三文書は、5年間の整備計画の途中で、策定からわずか4年で改定される。「骨太の方針2026」と安保三文書は、国家構造を経済・軍事の両面から「戦争国家」へ転換させる車の両輪だ。「骨太」が官民370兆円超(2040年度までの累計)の投資枠で産業・技術・社会を軍事に従属させる「経済的実行計画」であるのに対し、安保三文書は具体的な「戦い方・軍事戦略」を規定する。いずれも国会審議を経ない閣議決定である。
「総合的な国力」の名で進む社会全体の戦争動員
改定に向けた有識者会議は「国力としての防衛力を総合的に考える有識者会議」から「総合的な国力から安全保障を考える有識者会議」へ改組され、委員は10名から15名に増員された。軍事力だけでなく経済安全保障・技術力・サイバーセキュリティ・情報力までを一体で捉え、国力全体を対中軍事に振り向ける意図が明確だ。新委員にはフジテレビの清水賢治社長、NECの森田隆之社長、AI政策に精通する松尾豊東大教授らが加わり、初めて自衛隊出身の山崎幸二元統合幕僚長が加わった。経済・情報・世論形成にまで及ぶ体制を官邸主導で作ろうとしている。
「総合的な国力」という言葉は、軍事をそれ以外に拡大し、企業、研究機関、通信、報道、教育、自治体、労働力などあらゆる分野を、安全保障の名で国家戦略に組み込む仕組みだ。「国の安全」の名が付けば、反対意見は「国益に反する」と扱われる。平時から有事を前提とする現代版国家総動員体制への道である。
これと並行して6月24日、自民党と日本維新の会が高市首相にそれぞれ提言を提出した。共通するのは軍事費の更なる大幅増大、「新しい戦い方」への対応、長期戦に備えた「継戦能力」、軍事生産基盤と武器輸出の強化である。
「新しい戦い方」――先端技術の全てを戦争準備に利用
政府与党は、ウクライナ、パレスチナ、イランでの戦闘の長期化と軍事技術の変化を引き合いに、ドローン、AI、サイバー、電子戦、宇宙利用への対応を急ぐと説明する。だが国際情勢の悪化を理由にするなら、まず必要なのは外交だ。ところが高市政権は緊張を緩和する努力を放棄し、代わりに戦争の全領域で戦い方と装備の刷新をめざしている。
8月4日公表の「令和8年版防衛白書」は、「新しい戦い方」の章を初めて独立して設けた。安価な無人アセットの大量投入とAIによる意思決定の迅速化が戦局を左右すること、宇宙・サイバー・電磁波と陸海空の作戦を融合させることを強調する。無人機を多層的に組み合わせる「多層的沿岸防衛体制(SHIELD)」の構築は既定方針だ。日米の宇宙部隊の連携を前提に宇宙が作戦領域に組み込まれ、電磁波領域では電子戦部隊が増強される。サイバーは領域横断作戦の死活的基盤とされ、武力攻撃に至らない「認知領域」の争いも重視され、AIを活用した認知戦の指揮統制支援システムで情報統制が強化される。
原潜保有と非核三原則放棄の提言
非核三原則は日本の軍事・外交政策の最重要の原則である。今も76%が非核三原則の「堅持」を求め(日本世論調査会)、広島・長崎両県知事や被爆者団体も三原則改定に反対を明確にしている。自民・維新はこれに攻撃の矛先を向け、高市首相は広島で今後の三原則堅持は明言せず、改定への野望を隠さなかった。
維新提言は、憲法9条改悪を前提とする集団的自衛権の全面化、国防裁判所の設置、原潜導入に加え、非核三原則の見直し(「持ち込ませず」の廃止)と核共有に踏み込んだ。米軍の拡大抑止(核兵器による恫喝)をさらに強化し、米国が核トマホークミサイルを開発・配備(32年想定)すれば、核搭載艦の寄港を受け入れるべきだと論じる。小泉防衛相も7月、核を「タブーなく議論する」と述べ、同じ方向を向いている。
自民提言も原潜という用語を意図的に避け「新動力垂直ミサイル発射VLS潜水艦」を提案する。両者とも南中国(海や太平洋に潜んで多数のトマホークミサイル(射程1600㎞)を中国に向けて発射する準戦略ミサイル潜水艦を想定している。その場合長時間潜航能力を備えていることから原潜になる。また、滑空型で中距離弾道弾に相当するミサイル開発・配備も進行中だ。従来の政府が「戦力」として保持を否定してきた空母・SLBM潜水艦・ICBMに準じる兵器の装備に踏み込もうとしている。
軍事費拡大と生活予算の圧迫
戦い方と装備の全面的な刷新のためには巨額の軍事費の投入が前提となっている。自民提言は、NATOは2035年までに軍事支出GDP比3.5%、関連支出1.5%であり、豪州はGDP比3%と例示して目標とした。維新は中長期にGDP比3%以上を求めた。どちらもこれまでを上回るテンポで軍事費を際限なく増やすことを要求している。軍事費の膨張はすでに教育、医療、介護、子育て、災害対策など生活に直結する予算を圧迫している。次の安保三文書は対中戦争の危険性を高めるだけでなく、人民生活の窮乏化を更に進めるものになる。
「継戦能力」の名による経済と労働の戦時動員
軍需産業が「防衛力そのもの」と位置づけられ、生産・技術基盤を強化して継戦能力(弾薬・燃料の確保等)を高めることが最優先課題の一つとされる。弾薬・無人機・ミサイルの大量生産と備蓄、燃料備蓄、食料増産体制の確立が並ぶ。防衛生産基盤強化法を改正し、軍需産業施設を「特定取組」に加えて予算を大幅拡充し、政府が施設を保有し民間が操業する「GOCO(国有施設民間操業)」や国営工場を活用することも提言する。
殺傷能力ある装備を含む武器輸出の全面解禁を受け、軍需産業の販路を世界中に拡大し、海外市場と結びつける方針も打ち出された。政府が契約主体となる「G―G契約」の導入や、武器輸出の司令塔(内閣官房の防衛装備移転室など)の設置が進む。いまや政府が先頭に立って日本製殺傷兵器の売り込みに走っている。
維新提言は、有事の「継戦能力」確保を名目に自衛隊法103条の抜本改定を要求する。業務従事命令の対象に「防衛産業従事者」を加え、命令違反に罰則を設ける。退職自衛官全員を予備自衛官に登録する。平時の労働契約を有事に軍事動員へ書き換え、国民を罰則付きで戦争体制に組み込む法的制度を提案している。国家総動員法の発想が「継戦能力」の名でよみがえっている。
米国の対中戦略に自らを深く組み込む自衛隊
改定の大前提は、自衛隊を米軍の戦争システムに一層深く組み込むことである。「新しい戦い方」も「継戦能力」も、すべてそれを前提とする。イラン戦争で露わになった米軍の限界とアジアでの「力の空白」を、自衛隊の攻撃力強化と戦域拡大、米日豪比の対中包囲網での役割拡大で埋めさせようとしている。
防衛省は、自衛隊の指揮統制システムに米パランティア社のAI戦闘システム「メイブン・スマート・システム(MSS)」を導入する方向だ。米軍はすでにイラン戦争でも戦闘の情報・指揮・統制にMSSを使っており、自衛隊はMSSを採用することで米軍の指揮統制下に接続し、情報を共有し、統合部隊として闘う準備をしている。
軍拡を停止し、日中平和友好へ
いま必要なのは、「危機」を煽って軍拡に走ることではない。台湾海峡、朝鮮半島、東中国海、南中国海の緊張を緩和する外交である。軍拡と米軍との一体化を深め対中戦争に踏み込む道を転換し、憲法9条の立場に立って、対話、信頼醸成、軍縮、地域的安全保障協力へ舵を切るべきだ。高市政権が対中敵対姿勢を撤回すれば、日中間の緊張緩和、関係改善、さらには日中平和友好に向かって進むことは可能だ。
安保三文書の前倒し改定は、軍事政策の見直しでは済まない。財政、産業、技術、情報、労働、教育、司法、世論形成までを戦争準備へ接続する企てである。私たちが闘いとるべきは、国民に犠牲を迫る「強い国家」ではない。平和とは、戦争に勝つ準備ではなく、戦争を始めさせない条件をつくることだ。
(N/Y)
