【書評】
『中国経済はなぜ崩壊しないのか不動産市場と財政金融システム』
-中国における社会主義と共産党の指導の意義が浮き彫りに-

 

 現代帝国主義=米一極支配体制を根底から揺るがしているのは、中国社会主義の台頭である。だから西側と日本は、この中国の経済的な苦境が現れるたびに小躍りし、期待と妄想の「中国経済崩壊論」を拡散する。許し難いのは、これに左翼・共産党の一部が同調していることだ。
 2021年から大問題となった不動産危機はこの崩壊論を一気に拡大させた。日本で中心にいるのは柯隆氏(「中国不動産バブル」文春新書)である。「GDPの3割が吹っ飛ぶ」、「中国経済が日本化」、「失われた20年か30年を喫する」との主張だ。経済の「自由化と共産党統治体制は両立しない」との見方だ。しかし彼は、バブルと実需の切り分け、金融危機の度合い、中国政府の具体的政策の効果と限界について、何よりも党・国家・国有部門の役割について、事実に即した科学的な分析はほとんど行っていない。
 本書の2人の著者、柴田聡・塩島晋氏は、日本国内のこのような極端な見方に強烈な違和感を持ち、「一体何が本当なのか」を明らかにしたいと考えた。2人は中国に長期間の滞在経験があり、中国の経済・金融の実務に精通した専門家である。中国と社会主義に共感を持っているわけではない。ただ「中国経済をバイアスなく客観的にみる」という信念でこの書を著したということだ。そのせいか、本書はリアルで、具体的で、驚くほどわかりやすい。発行は昨年11月、情報も最新のものである。
 結論から言えば、著者たちの違和感の根源は、日本を含む資本主義社会と社会主義中国との根本的な違いにある。その要点は、中国における社会主義システムの強靱さ、およびそれら全体を指導する中国共産党の偉大さである。そしてその政策は戦略的でかつ柔軟である。          

不動産危機に対する中国政府の対応

 「中国のGDPに占める不動産関連の割合は約3割(注:日本は1割)」と極めて大きい。
 著者は、この危機の深刻さの度合いを測ることから出発する。測定の基準は、今回より深刻であった2015年「チャイナショック」時の不動産危機と、日本のバブル崩壊である。
①直接的な最大の問題=人々の不安と怒りへの対応策―「保交楼」政策
 著者はまず、中国の住宅販売の特異性を問題にする。中国では、物件の引き渡し前に代金全額を支払うことが慣例化している。代金を支払ったにもかかわらず、物件が引き渡されないという事態が発生しうる仕組みだ。不動産市場が順調な間は問題がなかった。しかし2021年からの低迷、デベロッパーの経営危機の中で、住宅の完成・引き渡しの見込みがないのにローンを返済し続けなければならないという事態が頻発し、人々の怒りが爆発した。この中国特有の問題にどう対応するのかが最初の最大の課題であった。
 その対応策が「保交楼」政策である。政府が「契約住宅の完成・引き渡し義務」をデベロッパーに課すことをコミットしたのだ。直ちに住宅購入者に安堵が広がった。
②同時にデベロッパーの苦境への対策
 だが問題は住宅購入者からデベロッパーに移る。それでなくても恒大集団や碧桂園をはじめ、多くのデベロッパーが深刻な苦境にある。党・中央政府は、デベロッパーの資金繰りを支えるため、地方政府や国有銀行に必要な協力をさせた。
 しかし中国は社会主義ではあるが、デベロッパーに対しても即「救済」というような手段はとらない。基本は「自力救済」であり、資金繰りの援助をしながら自力での回復を待つのである。もちろん、そういう政策をとれるだけの条件もある。デベロッパーの「国進民退」は進んでおり、住宅販売額の65%は国有企業である。
③住宅市場の実需の底堅さを踏まえた柔軟な政策
 日本では、中国の不動産危機について、日本のバブル崩壊と重ね合わせ「日本化する中国」と見なす見解が圧倒的である。
 だがバブル崩壊時の日本は、都市化も少子高齢化も進みきっており、実需そのものが長期停滞状態にあった。対照的に、現在の中国は住宅取得適齢期の人口が多い。アラサー人口は約3億人もいる。
 また日本のバブル崩壊は東京をはじめ全国で不動産価格が暴落したが、中国では、北京や上海などの1線都市の不動産市場は比較的安定しており、厳しいのは2~3線、とくに3線都市である(主要70都市を1~3線に分類している)。だから中国の不動産危機対応は、原則、中央政府ではなく地方政府レベルが対応している。

地方債務問題は深刻だが、中央政府には余力がある

 不動産危機は、経済基盤が脆弱な地域の地方政府の財政にダメージを与えている。東北部や内陸部の都市では「土地使用権譲渡金」(中国では土地が原則国有のため使用権を売却する)が重要な収入源となってきたからだ。
 地方債は2014年まで禁止され、その後も厳しく管理されてきたため、問題は比較的小さい。しかし地方融資平台(LGFV、第三セクター)には暗黙の保証のある「隠れ債務」がある。これらを合計すると、実質的な地方債務額はGDPの6~8割になる。これほどの債務を抱えた地方政府にデベロッパー対策を担わせることが可能なのか?
 ここでも党と政府の対応はなかなか厳しい。基本はあくまで地方政府の「自力救済」である。ただそれまでの時間的猶予を与えるために2つの措置を取った。①発行済みの地方債の「借換債」を認める。②LGFVの「隠れ債務」を顕在化させるための地方債を認める(「置き換え地方債」)。もちろん、この措置の背後には財政面、金融面で十分に余力のある中央政府が控えている。この余力を背景に、党と政府は時間をかけたソフトランディングを目指している。

金融システムは危機に陥っていない

①不良債権処理は着実に進んでいる
 日本のバブル崩壊は金融システムを直撃した。日本では主要行自身が巨額の不良債権を抱え破綻の危機に瀕していた。不良債権処理を主体的に進めるような余裕はなく、2000年代に入っても増大し続けて、公的資金を投入しても、リーマン・ショックの時期まで引きずった。
 だが中国の主要5大銀行は、資本基盤は厚く、財務の健全性も高い。しかもすべて国有である。党と政府は、この5大国有銀行に不良債権化した不動産企業向け融資を集中し、ダムの役割を果たさせた。もう一つのダムは、国有資産管理会社(AMC)だ。この2つのダムが金融危機への発展をせき止め、着実に処理を進めている。
 ではなぜこのようなことが中国では可能なのか?決定的な理由は、中国は社会主義だということである。日本のような資本主義国ではメガバンクの財務が健全だとしても決してそんなことはしない。だが中国では、党と政府の指導の下でこのようなことが可能なのだ。
②銀行の全体としての健全性
 一般に、金融システムの健全性の目安は、不良債権比率「3~4%」といわれている。中国「全国商業銀行」は1.6%である。慎重を期して「要注意債権」を加えても3.8%である。不良債権比率でいえば、中国の金融システムは健全性が維持されている。
 さらに、中国はゼロ金利ではないので、足元で高い収益率が確保できている。また、不良債権残高の2倍超の引当金を積んでいる。何より、最終的なリスクバッファーとなる自己資本が非常に高い。
 「中国の金融システム全体でみると、当期純利益、貸倒引当金、さらには自己資本と、多層的かつ手厚いリスクバッファーを保有することで、大きな不良債権リスクに備えている」
 党と政府は、普段から、金融システムの健全性に気を配っているのだ。

中国経済が崩壊しない理由

 著者は、中国経済崩壊論者に対し、挑戦的に、逆に「中国経済はなぜ崩壊しないのか」こそを問うべきだと述べている。
①党の指導と政府の実行力
 中国では、民間部門の抱える債務リスクが、政府や国有銀行に移転されている。ではなぜそれができるのか?と著者は自問する。そして、その理由は中国の経済運営の仕組みが日本を含む一般的な資本主義国とは構造的にまったく異なるからだ、と自答する。
 中国には、共産党の指導とそれを実践する中央政府と地方政府があり、経済活動を担う国有企業があるからだ。
②強力な「最後の砦」
 中国の金融・財政システムの備えは3段構えである。
 第1に、前提として「中国は元来、財政健全化に大変ストイックな国」である。毎年の財政赤字はGDPの3%以内(EU同様)を原則としており、公的債務はGDP比で51%(2022年)である。したがって財政余力は十二分にある。
 第2に、先に述べた2つのダムである。
 第3に、このようなダム機能に万一のことがあった場合にも、さらに「奥の手」がある。どの国にもマネし得ない社会主義国ならではの手段、「外貨準備の活用」だ。1997年のアジア通貨危機以降の金融危機に対し、中国はこの手段を採用した。2003~8年の「国家的な事業再生ファンド投資」だ。当時としては史上最大規模のIPO調達金額であり、4大国有銀行への資本注入だけで790億ドルにのぼった。
③中国経済復活の展望
 著者は「中国経済は崩壊しないが当面は停滞が続く」と考えている。「中国現地の一般的見方は、不動産市場の回復には少なくとも2~3年かかり、2026~7年頃に底打ち」だという。著者自身は、次期党大会が2027年秋にあるので、その時までの解決を目指すだろうと見ている。
 本書によって、日本の一方的に大量にあふれ出るようなメディアの反中洪水の中で、自分たちの感覚や知識がいかにゆがめられているかを、あらためて考えさせられた。好著である。


(石河)

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