左翼活動家が米帝の戦略的危険への警戒を呼びかける
昨年12月10日、極右のハビエル・ミレイがアルゼンチンの大統領に就任した。国内では極端な超新自由主義的反動政策を開始し、国際的にもBRICS加盟をキャンセルし、地域統合を阻止し、米帝国主義の先兵となって動き始めた。それに対して、アルゼンチン国内では労働者・人民が即座に反撃を開始し、階級闘争が先鋭化している。
ラ米カリブ地域では、2018年のメキシコのオブラドール(AMLO)を皮切りに、22年6月にコロンビアでペトロが勝利し、同年10月にブラジルでルーラが勝利し、ベネズエラが経済封鎖に打ち勝って21年後半から22年にかけて経済回復を達成し始めた。それ以降、進歩的勢力や反米・反帝の革命勢力が地域全体の力関係を有利に展開してきた。米帝=オリガーキーは、こうした進歩的・革命的過程を逆転させようと、全面的な巻き返しに入っている。アルゼンチンの階級決戦の帰趨がこの地域全体の情勢を決するのは間違いない。今年に入って、ラ米カリブの左翼の論客が相次いで、この米帝・米軍の介入への警戒を呼びかけている。ラ米カリブ情勢は重大な岐路に立っている。
本稿は、巻き返しに全力を挙げる米帝国主義の介入策動の危険性に焦点を当てて報告する。
(小津)
ミレイはラ米カリブの帝国主義反動のリーダーに
ミレイは、ベネズエラのマドゥーロ、キューバのディアスカネル、ニカラグアのオルテガ、さらにはブラジルのルーラ、コロンビアのペトロ、メキシコのAMLOを、「共産主義者」として排斥すべきだと発言し、米国の代理人として闘う姿勢を露わにした。
各国の極右勢力は、ここ数年、米国からの支援を受けながら反米左派政権を転覆する策動を強めてきた。チリでは、極右のカストが21年の大統領選の第一次選挙で1位となった(決選投票ではボリッチが勝利したが)。ボリビアではカマーチョが19年のクーデターと不安定化を主導した。コロンビアではウリベ主義勢力が依然として強い。今年選挙があるウルグアイでは伝統的な右翼が統治しており、軍人が約40年ぶりに政治の現場に足を踏み入れた。エルサルバドルでは、警察独裁国家をつくったブケレがこの2月4日の大統領選で勝利した。ブケレは、エクアドルのノボアの模範であると同時に、中米におけるサンディニスタのニカラグアやAMLOのメキシコとの全面対決を主張している。メキシコも今年6月に大統領選が行われる。米国とメキシコの右翼は、AMLOの政党「モレーナ」を引きずり降ろして再び米国寄りの政権にしようと画策している。
そのような米帝国主義の策動の再先頭にアルゼンチンが躍り出たのだ。米国は、ミレイを使ってラ米カリブ全体の左傾化を阻止しようとしている。
極右政権を勝利させる「ソフト・クーデター」
ミレイは、自由で民主的な選挙で選ばれたのではない。陰謀のおかげだ。特に、人民の人気が最も高かったクリスティーナ・キルチネルは、大統領(07~15年)の時の「汚職」の罪をでっちあげられ、司法と主要マスメディアによる激しい迫害に何年も苦しみ、立候補を断念した。それは、ブラジルでルーラが罪をでっちあげられ、投獄されて立候補できなくなってボルソナロが当選したことと類似している。
ミレイは、経済が破綻した原因と責任をフェルナンデス政権とペロニズムの政策のせいにし、デマゴギーと主要メディアによる支援で多くの有権者を獲得した。また、アルゼンチンの主要銀行家の代表者たちがミレイを支持し、米国に従属するアルゼンチンのブルジョアジー全体が、キルチネリズムを打ち負かすために団結した。これら全体を米国が組織したのである。事実上のクーデターだ。
左派候補に対して司法・メディア権力を動員して罪をでっち上げ、候補辞退・落選に追い込む。「アウトサイダー」や「新政党」をつくり、SNSメディアを使って「汚職との闘い」「政治の刷新」「既存政治の打破」などの旗印をかかげて当選させる。今回のアルゼンチンだけでなく、ブラジルのボルソナロ、エクアドルのノボア、エルサルバドルのブケレなどもそうだ。これが米帝国主義の新たな計略である。
ラ米カリブの左翼の間では、従来の軍事クーデターに代わるソフト・クーデター=「法戦(法律を武器とした戦争)」への警戒がコンセンサスとなってきている。
米軍が外交を担う異常事態 米軍介入・米軍基地が全域に拡大
米国は、「麻薬戦争」を介入の口実にしている。極右政府も、これを口実に米軍を招き入れている。ペルーのクーデター政権は、昨年5月に米海兵隊と特殊部隊を導き入れている。10月にはエクアドルの右翼政権が国内安定化のためにさらなる米軍派遣を求めた。
近年、米国外交の前面に国防総省が出ている。国務省の管轄である外交に軍部が出るのは異常だ。これまでもこの地域で国家安全保障会議(NSC)やCIAが左派政権転覆で暗躍してきたが、米軍が直接現地政府・軍部と一体となって動くことはこれまでになかったことだ。外交機能の軍への移行は、21年10月にローラ・リチャードソンが米南方軍司令官に任命されてから顕著になった。同司令官は、米軍の任務がこの地域の覇権と豊富な資源の保有だとあからさまに認めた。
米国が現在この地域に持っている軍事基地は、はっきりしているものだけでパナマとプエルトリコにそれぞれ12カ所、コロンビアに9カ所、ペルーに8カ所、ホンジュラスに3カ所、パラグアイに2カ所、また、コスタリカ、エルサルバドル、キューバ(グアンタナモ)、オランダ領アルバなどにある。70以上の軍事基地があり、さらに多数の「未確認の作戦基地」があるといわれている。これらは、その透明性と説明責任の欠如で悪名高い。常駐の軍人が少なくても基地さえあれば、いざという時に必要な軍事力を投入できる。数多くの基地に加えて、大規模な軍事演習が絶えず行われている。
昨年12月、ベネズエラとガイアナの間で領有権争いが長年続いているエセキボ地域をめぐって緊張が激化した。新年を迎え、米国の承諾の下に英国の軍艦が旧植民地ガイアナのエセキボ海域に侵入した。また、米南方軍はガイアナとの共同航空作戦を発表した。米軍はすでにガイアナに駐留していると伝えられている。
ベネズエラの国内問題では、米国は、秋の大統領選に極右マリア・コリーナ・マチャドを参加させなければ制裁を復活させると脅しているが、マドゥーロ政権は断固として拒否している。それを口実に、軍事行動まで含む策動が行われる可能性がある。この1月にマドゥーロ政権は、昨年5回の暴力行為が準備され、36人の軍人と民間人が逮捕されたことを公表している。
アルゼンチンで親米派ミレイが新大統領に就任したことで、米国は、アルゼンチン、パラグアイ、ブラジルの戦略的三国国境地帯に新たな軍事基地を設置することを再び推し進めている。
米帝とミレイ政権の主たる標的はブラジル
米帝の政権転覆の次の最大の標的はブラジルだ。前任のディルマ・ルセフが打倒され、ルーラが逮捕されたのは、労働者党(PT)ルーラ政権が中国に近づいたからだ。米国は、ブラジルの諸勢力、諸政党、諸機関に対するあらゆる影響力を駆使して、現在の3期目のルーラを窮地に追い込もうとしている。ブラジルの、中国との戦略的パートナーシップ、ロシアとの和解、西半球で唯一BRICSに加盟していること、これらは、米国の支配を大きく掘り崩すからである。
アルゼンチンがこの地域でルーラのブラジルに対抗することが、ミレイの最大の使命となっている。ルーラがこの大陸の進歩的で主権的な統合を代表しているとすれば、ミレイは親米・反動的統合の代理人として米帝の利益を代表している。米国は、ボルソナロにできなかったことをミレイによって実現させようとしている。
ミレイはブラジル国内で極右の活性化を画策している。ボルソナロ一族はミレイの盟友である。極右ボルソナリズムは、まだかなりの勢力を維持している。現在与党となっている右派・中道勢力の中で、かつてルーラ政権と対峙していた部分は、反ルーラ・反PTに転じる恐れがある。
国際的には、ルーラ政権は、ラ米カリブにおける米帝の策動に対する防波堤となっている。だから米国は、ブラジルをより従順な政府に置き換えようとし、ラ米カリブ諸国が中国、ロシア、イランと連携することを阻止しようとしている。ルーラ政権の生き残りは、中国・ロシア・BRICS諸国との協力・結合関係を強める以外にない。
エクアドル危機と軍事政権化
この1月中旬から、エクアドルで麻薬組織・暴力団による刑務所破壊と大規模な反乱が起こった。右翼のダニエル・ノボア新政権(昨年11月23日就任)は、組織犯罪撲滅を口実に60日間の非常事態宣言と夜間外出禁止令を発令し、実質的な軍事独裁政権を樹立するに至った。それはアルゼンチンでの事態と緊密な関係がある。ミレイ政権は、弾圧を支援するためにアルゼンチン軍を派遣すると表明した。
エクアドルは、2017年に左翼コレアの後継者として大統領になったレニン・モレノが裏切り、親米に転換して新自由主義政策を実行する反動政権となった。それ以降、暴力団と麻薬密売組織が急増し、国際的な麻薬売買の一大拠点となった。麻薬組織が権力内にも浸透し、暴力事件が多発して社会の荒廃が進行した。その下で、コレアの犯罪をでっちあげて彼の帰国を阻止し、コレア派「市民革命」党の勝利を阻止してきた。
昨年の大統領選挙では、新自由主義者ノボアが「市民革命」党候補に逆転勝利した。今回の事態の中で、ノボアは事実上、軍に権力を渡した。抑圧的な軍隊は、現在、公式に殺人の許可を得ており、裁判所の令状なしにどんな家にも侵入することができる。
米国は、従来から麻薬密売組織を米軍のプレゼンス拡大に利用してきており、今回のエクアドルの事態に対しても米軍の増派を進めようとしている。ラッソ前大統領は、退任の直前に米国と新たな軍事協力協定を締結していた。この協定により、国防総省は、エクアドル政府の要請に応じて組織犯罪撲滅のために軍人を派遣することができる。米国は、1月11日にハイレベルの軍事代表団をエクアドルに派遣した。
エクアドルの危機は、犯罪者が国境を越えてペルーを不安定化させる可能性を高めたということで、ペルーが弾圧を強化する口実にもなった。ペルーもまた、ペドロ・カスティージョに対する22年末のクーデター以来、独裁政権が続いている。アルゼンチンでのミレイの当選とエクアドルでの軍事化が、ペルーの反動政権の盛り返しを後押ししている。
ミレイのショック療法 歴史的なゼネストで対抗
ミレイの政策は新自由主義的ショック療法であり、労働者の社会的・経済的権利すべてを完全に破壊しようとするものである。しかも短期間で実行しようとしている。その施策を議会の成立を待たずに大統領令で実行しはじめた。12月10日に就任した後、12月20日に「必要性と緊急性の政令」を発令した。そこには300以上の現行法の廃止と新たな規制が含まれている。例えば、国営企業の民営化、18省庁のうち9省庁の廃止と約7000人の公務員の解雇、社会保障制度の変更などを含む労働者・人民の生活への一大攻撃、従来の社会プログラムの削減、貧困層への補助金の打ち切り、報道機関の検閲などである。さらにミレイは、彼の施策に対する反対を弾圧するために独裁体制を確立しようとしている。言論の自由を制限し、伝統的な警察の弾圧に加えて、デモ参加者に対して罰金や制裁を課し、主催者を処罰するという手段に訴えている。
アルゼンチン国営労働者協会は、ミレイの就任前から省庁閉鎖や国公営企業民営化の意図を糾弾し、反対闘争を開始していた。「必要性と緊急性の政令」が出された12月20日には、多くの組織や人々が抗議デモを行なった。さらに12月27日には、政令の撤廃を求めるデモと最高裁への異議申し立てが行われた。また、500もの市長が大統領令への不服を申し立てた。司法当局は、年明けに労働者の要求を認め、政令で規定された「労働改革」の実施の一時停止命令を出した。そして1月24日のゼネストの後、1月30日には、全国労働審判所が労働者の要求を受け入れて、政令による「労働改革」の違憲性を宣言した。
1月24日のゼネストは、アルゼンチン最大の労組連合「労働総同盟」によって呼びかけられ、ほとんどの労働者組織に加えて、インフォーマル・セクターの労働者、農民、零細・小規模経営者、さらに人権団体、教員、学生、さまざまな社会運動諸組織、作家、芸術家、スポーツ選手までが参加して、全国各地の主要都市すべてでストとデモが行われた。ブエノスアイレスでは数十万人のデモが行われ、全国では数百万人と報じられた。
このゼネストには、国際的な連帯行動が広範に行われた。世界中から100を超える団体が支持を表明し、その中には「国際労働組合総連合(ITUC)」(163ヵ国・1億9100万人)、「世界労働組合連盟(WFTU)」(133ヵ国・1億500万人)なども含まれている。そして、メキシコ、ブラジル、チリ、ペルー、パラグアイ、ウルグアイなどの近隣諸国で連帯の集会・デモが行われただけでなく、スペイン、フランス、ベルギー、イタリア、ポルトガル、ドイツ、オランダ、スイスなどでも、海外在住のアルゼンチン人を現地の人々が支援して、各国のアルゼンチン大使館・領事館前での抗議とデモが行われた。
ミレイの新自由主義的ネオ・ファシスト的政策は、就任早々からうねりのような労働者・人民の反撃に直面している。ミレイを梃子にした米帝国主義のラ米カリブ全域での反動的・反革命的巻き返し戦略は、必ずや押し返され、失敗するだろう。