米バイデン政権は、中国に対する包囲網を形成することに最大の力を注いでいる。韓国・尹錫悦政権による、徴用工問題の「解決策」の発表もその1つである。日米韓による包囲網を形成する上で、最大の障害となっていた日韓の対立を解消することがどうしても必要だったのだ。バイデン政権は日韓関係を改善するよう尹政権に圧力をかけ、日本はそれに乗じて韓国に屈辱的な「解決策」を受け入れさせたのである。
「解決策」は、日本企業に命じられた賠償分を財団が肩代わりする内容だ。韓国では「屈辱外交」への怒りが尹政権を直撃し、支持率は今年最低となった。我々はこのような、被害者を置き去りにし、日本の戦争責任を不問に付す「解決策」、対中国包囲網のための「解決策」に、断固反対する。
日米韓で中国・北朝鮮包囲網を作るための「解決策」と「日韓正常化」
「解決策」を推し進めたのはバイデン政権である。3月6日、尹錫悦政権が「解決策」を発表すると、バイデン政権は即座にこれを「歴史的合意」と歓迎した。尹大統領の国賓としての訪米も決めた。
バイデン政権の目的は、中国に対する包囲に韓国を引きずり込み、日米韓の強固な包囲網を形成することだ。バイデン政権は「統合抑止力」、すなわち「米国が敵に対する際、同盟国やパートナー国とともに対峙する」戦略を掲げる。日韓の対立はその大きな障害であり、「日米韓同盟」を復活させることが必須なのだ。「解決策」の発表後、その動きは急速に進められようとしている。日米韓3国による安全保障協議の枠組みが検討され、韓国がクアッド(日・米・オーストラリア・インド)に参加する可能性もある。
日韓の間でも、3月16日に尹錫悦大統領が訪日し、「シャトル外交」再開。日韓秘密軍事情報保護協定(GSOMIA)の正常化などで合意した。日本が大法院判決への事実上の報復として導入した韓国向けの輸出規制についても解除を決めた。
さらに日米韓の連携によって半導体産業を強化し、中国とのデカップリング(経済関係の切り離し)を推進することも狙っている。
米韓は3月13日から、11日間の大規模合同軍事演習を行った。それに続き4月3日からは日米韓による対潜水艦作戦などの合同訓練を行い、韓国国防省は「韓米日の安全保障協力の正常化」を示すものだと強調した。米韓同盟は本来、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)に向けたものだ。これを対中国の日米韓同盟へ変貌させようというのが米バイデン政権の目的である。
バイデンと日本の岸田政権は、こうした日米韓の連携で弾みを付け、5月の広島G7サミットで世界的な中国包囲網の形成を確認しようとしている。サミットに韓国を招くことも決めた。
「解決策」は日本政府と企業の免罪
今回の「解決策」は、2018年秋の韓国大法院(最高裁)による判決に対応するものとして出された。戦時中日本で強制労働させられた韓国人元徴用工が、日本製鉄と三菱重工業に損害賠償を求めた2つの訴訟で、大法院は、企業側に損害賠償(慰謝料)を支払うよう命じた。当時の安倍政権はじめ日本政府は、この判決について「賠償問題は1965年の日韓請求権協定で解決済み」「国際法違反」となじり、被告企業は判決を無視し賠償金を支払ってこなかった。
「解決策」は、韓国政府傘下の「日帝強制動員被害者支援財団」が、請求権協定で恩恵を受けた韓国側企業(ポスコなど)から寄付金を集め、大法院判決で勝訴した被害者に賠償金を支給するというものだ(「第三者弁済案」)。日本の被告企業(日本製鉄、三菱重工業)は関与せず、資金も拠出しない。
これは、日鉄と三菱重工の「損害賠償責任」を認めた大法院判決を真っ向から否定し、日本政府と企業を免罪するものだ。強制動員に対する日本政府の謝罪も、企業の謝罪と賠償も含まれない。大法院の判決を拒否・無視してきた日本政府の言いなりといってもよい内容であり、侵略と植民地支配の被害者である原告が、20年以上にわたる苦闘の末にようやくつかみ取った勝訴判決を無力化させるものだ。加害者の日本政府と企業は、自らの責任に頬被りし、「金を誰が払うか」という「韓国の国内問題」にすり替えた。韓国政府は1月に「解決策」を有力案として公表した後、被告企業による財団への拠出を要請したが、それにすら日本側は応じなかった。
韓国側は、日本側に「誠意ある呼応」を求めているが、日本側の対応は岸田政権が歴代内閣の「歴史認識」を「全体として引き継ぐ」ことを表明しただだ。この「歴史認識」自体が日本による侵略と植民地支配の責任をあいまいにしたもの(2015年の「安倍談話」も当然含まれる)である上に、それを「引き継ぐ」とだけ言うことで、改めて「おわび」を表明することを避けるのが目的だ。
尹大統領は「日本はすでに数十回謝罪した」と語っているが、首脳会談や談話で一時的に口先だけの「おわび」を表明したとしても、それを否定する発言や行動が閣僚や議員によって繰り返され、それが野放しにされてきた、というのが事実だ。日韓会談後に公表された小学校の教科書検定結果でも、「強制動員関連の表現と記述が強制性を薄める方向で変更された」と韓国政府の抗議を受けた。何よりも、「日韓請求権協定で解決済み」という日本政府の主張そのものが、謝罪と賠償責任の否定だ。
「請求権協定で解決」は事実ではない
日本政府は、大法院判決を「国際法違反」と韓国を批判し、「ゴールポストを動かす」韓国を非難してきた。これは歴史的事実に基づかない主張だ。日韓請求権協定では解決していない。
まず、大法院判決が問題にした「不当な植民地支配の下で行われた不法行為に対する慰謝料」としての損害賠償は、請求権協定では解決していない。なぜならば、日本は、韓国(朝鮮半島)に対する植民地支配をいまだに不法・不当と認めていないからだ。請求権協定と同時に結ばれた「日韓基本条約」は、1910年の「韓国併合」の不法性について棚上げしたまま結ばれた。不当・不法であれば慰謝料が問題になるが、そうでなければ問題にならならない。請求権協定は、賠償の問題は明確にされないまま結ばれたのである。
次に、請求権協定で消滅したのは、国際法上の「外交保護権」(私人が某国によって損害を受けた場合に、その私人が国籍を持つ国が、某国の国家責任を追及する権限)のみであり、個人の請求権は消滅していない。これについては、日本政府も「これは外交保護権を相互に放棄したということで、いわゆる個人の請求権そのものを、国内法的な意味で消滅させたというものではございません」(1991年8月27日、柳井俊二条約局長)と明確に述べている。ところが、2000年頃に、戦争責任を巡るいくつかの裁判で日本政府が不利になる例が出てきたため、突如解釈を変更し、「個人請求権も解決済み」と言い出したのだ。「ゴールポストを動かした」のは一体どちらか?
以上の理由から、「請求権協定で解決ずみ」は事実ではなく、大法院判決も「国際法違反」などでは決してない。
日本国内から「『解決策』は解決ではない」「日本政府・企業は謝罪し、賠償に応じよ」の声を
尹政権による「解決策」と訪日は、韓国内で「屈辱外交」「外交惨事」と呼ばれ、怒りが渦巻いている。世論調査では、「日本の謝罪と賠償がなく反対」が59%と過半数を占め、「韓日関係と国益のため賛成」は35%にすぎない。3月末の尹大統領の支持率は前週から4ポイント下落し今年最低の30%で、不支持は2ポイント上昇の60%だった(世論調査はギャラップによる)。
611の市民団体でつくる「歴史正義と平和な韓日関係のための共同行動」は3月7日、国会前で集会を開き「政府が『植民支配は違法』というわが国の憲法の根本的な秩序を自ら損ねた。日本が真に痛切な反省をしているのなら、今からでも謝罪し、韓国大法院の判決に従うべきだ」とする宣言文を発表した。日韓首脳会談翌日の18日には、ソウル市庁広場で1万3000人が参加する集会が開かれた。左派労組・民主労総などからも「韓日首脳会談糾弾」の声明が出された。政府に徴用問題の解決策の撤回を求める署名運動も始まっている。原告の一部は、賠償命令を受けた三菱重工業の債権の取り立てを求めて、ソウル中央地裁に提訴した。
しかし、日本の戦争責任の問題は、韓国ではなく日本の問題だ。日本国内では、「強制動員問題解決と過去清算のための共同行動」が「歴史に目を閉ざし、被害者を置き去りにしたままでは解決にならない!」とする声明(https://t.co/rE671biG2H)を出し、在日コリアンを中心とした団体やこの問題にかかわってきた弁護士有志らも「解決策」への批判の声を上げている。それでも、極右からリベラルまで含め、政治家、評論家、マスコミ、ネット世論など、ほとんどが「解決策」について両手を挙げて歓迎し、岸田政権の対応を支持している。世論調査でも、「解決策」について「評価する」が55%で、「評価しない」28%を大きく上回っている(朝日新聞、3月18~19日)。
我々の責任として、こうした日本社会の雰囲気を変えなければならない。日本国内から、「『解決策』は解決ではない」「日本政府・企業は謝罪し、賠償に応じよ」の声をあげよう。歴史の真実を学び、日本の戦争責任・戦後責任に真摯に向き合い、被害者への謝罪と補償を実現するための声を広げるための活動を続けていこう。
2023年4月4日
『コミュニスト・デモクラット』編集局