10月30日のブラジル大統領選決選投票は、50・90%対49・10%でルーラが勝利した。僅差での勝利だった。予想通り、ボルソナロ支持者が主要都市で幹線道路を封鎖して抗議行動を行なったが、クーデターを画策していた当のボルソナロが動かなかった。否、動けなかった。なぜか? ここに現在のブラジルと世界の政治的力関係が微妙に働いている。
何よりも、投票の数字以上に、ブラジルの反ファッショ闘争が勢いを増していた。皮肉にも、バイデン政権は、中間選挙を前にトランプの1・6米議事堂襲撃クーデターを非難している手前、動けなかった。ブラジルの軍も動かなかった。世界全体がルーラの勝利を確認し祝福する中で、ボルソナロは国内的にも国際的にも孤立した。その結果、11月2日に「憲法を尊重する」と表明して事実上敗北を認めざるをえなかった。この勝利はまずもってブラジルの反ファッショ統一戦線の勝利であり、またラ米カリブ全体および全世界にとって、極めて大きな意義をもつ。とりわけ、米国やフランス、イタリア、ドイツなどで台頭するネオファシズムとの闘争を元気づける。
闘いはこれからだ。議会でも、各地方でも、ボルソナロと反動派は依然強い勢力を維持している。反ファッショ闘争は続く。 (小津)
広範な反ファッショ統一戦線を形成し、勝利
事前の世論調査では5%前後の差とされていたが、実際には1・8%の僅差であった。様々な要因がある。極右ファッショ=ネオリベの「自由党」を結成したボルソナロのファッショ的組織固めは予想以上に強力であった。それは上下両院で「自由党」が第1党となった議会選挙で示された。ボルソナロの選挙資金はルーラの20倍以上であった。権力を掌握後、ボルソナロは巨大な資金を投入し、非合法的な手段も含めて可能なあらゆる手段を最大限動員した。大手メディアと右翼反動勢力が総力を挙げて支援した。トランプと同様、フェイクニュースを垂れ流しながらSNSのフォロワー数はルーラの2倍以上の100万人を超える。まさに国を二分する熾烈な闘いであった。ルーラの支持者が多い地方で多く行われた投票妨害。経営者による従業員への、また官庁での公務員に対するボルソナロへの投票圧力も激烈だった。その中で、ルーラが左翼と中道勢力を結集し、広範な支持を獲得して勝利したのである。
ルーラは、二重の統一戦線を組んだ。中心部分は、自らの政党「労働者党(PT)」を先頭に、「ブラジル共産党(PCdoB)」、「緑の党(PV)」の3党を統合した「希望のブラジル連盟」で固めた。PTは、金属労働組合出身のルーラに代表されるように、組織労働者に基盤を置く。この統一戦線では、労働運動の他、土地なし農民(農業労働者)運動も重要な役割を果たしている。農業労働者を組織している「土地なし労働者運動(MST)」は党としての組織を持たず、PTを積極的に支持している。その他、環境保護や人権など様々な問題に取り組む社会運動・市民運動、さらに解放の神学の信者、左翼の知識人、芸術家なども結集している。
ラ米最大の社会運動といわれるブラジルのMSTは、草の根の活動で選挙運動に取り組み、「第1に選挙に勝ち、第2に新政府を右派からの攻撃から守り、第3に新政府を左に押しやること」を目標として、全国に7000の「人民委員会」を組織していった。MSTは、ルーラの新政府がアグリビジネスと対決して農地改革を行わねばならないとしている。また、極右・ネオファシストの世界的な台頭に対して国際的な統一と団結を主張し、特にラ米カリブの地域統合とALBA運動の強化を主張している。
この中心勢力の周りに、「ブラジル社会党(PSB)」、「社会主義自由党(PSOL)」、「持続可能性ネットワーク(Rede)」、「連帯党」の4党を加えた7党による「共にブラジルのために連合」を形成して、小所有者、中小ブルジョアジー、都市中間層なども広範に巻き込んだ、さらに広い反ファッショ統一戦線をつくり、7月21日にルーラが正式にその候補者となった。
ルーラは、かつて大統領選で対立候補として闘ったこともあるPSBのジェラルド・アルクミンを副大統領候補とした。この人選については、左翼の一部から右傾化だという批判が出た(注)。だが、その後いっそう広範な反ファッショ統一戦線を形成していき、世論調査で10%前後の差をつけ優勢を維持していく中で、批判や疑念は後景に退いた。ブラジル共産党(PCdoB)は「ボルソナロの独裁的で排他的なプロジェクトを打ち破り、ルーラを大統領に選出しなければならない」「ブラジルの命運をかけた決戦の時である」と主張した。
(注)アルクミンのPSBは中道左派と中道右派の中間に位置するとされ、PTに比べて親米的で新自由主義的傾向が強く財界や富裕層の支持も多いため「右傾化」批判が出たが、ルーラが右傾化したわけではない。
結果からして、この二重の統一戦線がなければ勝てなかった。広範な結集を目指したルーラの方針は正しかった。ただし、ルーラ新政権は苦しい政権運営を強いられることになる。議会ではボルソナロの「自由党」が第1党である。また、決選投票へ向けてルーラを支持した他の諸政党の主張も無視できない。第1回投票では独自候補を立てたが決選投票ではルーラを支持した主要な政党は、「ブラジル民主化運動(MDB)」(中道右派)、「民主労働党(PDT)」(中道左派)、「ブラジル社会民主党(PSDB)」(中道)の3党で、ファッショ化・軍事独裁化に反対するブルジョアジーの一部も加わったからだ。
議会での数合わせでは不利な状態が続く。労働運動、人民運動の大衆的圧力で、これら反動派、ブルジョアジーの妨害をはねのけなければならない。
ファッショ化・軍事独裁化を阻止
なぜ、今回、ここまで反ファッショ統一戦線が重要となったのか? それは、ボルソナロが隠然公然と軍事独裁政権の追求を主張したからだ。彼らは、独立200周年の集会で「軍事介入を今すぐ!」の横断幕を掲げた。まさに選挙中、多くの暴力事件を引き起こし、ルーラ支持の活動家を何人も殺害した。ボルソナロ親衛隊のテロと暴力を大衆的な力で排撃することが最も重要だった。
それだけではない。元陸軍大尉の彼は、2019年に就任して以降も、かつての軍事独裁政権(1964~85年)を賞賛し、ブラジルの民主主義制度を次々に解体し、暴力を常態化させ、ファッショ的軍事独裁政権化を推し進めてきた。先住民問題担当の連邦機関から重要な権限を剥奪し、アグリビジネスと結びついている人物をトップに任命して、先住民の土地の保護が撤廃されていくことに道を開いた。国の主要な環境機関は、予算が削減され、政治的干渉に悩まされた。労働者党政権の下で機能してきた食糧供給の国家支援システムも解体された。また、国営企業の民営化と同時に、軍による国営企業の掌握も推し進められ、直接または間接的に国家と関わる企業の6割を軍が支配するまでになった。
さらにボルソナロ政権は多くの軍人を行政機関に登用した。連邦会計検査院の調査によると、ミシェル・テメル政権最後の年である2018年に連邦行政府の文民職に2765人の軍人がいたが、それがボルソナロ政権になって急速に増え、2020年7月には6157人に達した。現在はもっと増えていて、ルーラは「約8000人の軍人を退去させなければならない」と述べている。
今回の選挙でボルソナロは、根拠もなく現行の電子投票システムが信頼できないと繰り返し述べて、トランプ的なやり方でのクーデターを画策していた。7月には陸軍大将の国防相も公然と選挙制度に疑問を呈し、訴状を提出した。それは裁判所によって否定されたが、国防相は声明を発表して要求を繰り返した。極右勢力は、公然の暴力行為の呼びかけ、多大なニセ情報、民主的秩序破壊の脅し、「伝統的価値観」への回帰の訴えと女性解放運動への攻撃など、恐怖を煽るキャンペーンを継続した。
クーデターへの懸念が高まる中で、法学関係者を中心に「民主的な法の支配を擁護するブラジル人への手紙」が7月26日に出されたが、それはまたたくまに100万人以上の署名を集めた。8月には、その朗読集会が全国各地で次々に開かれていった。ファッショ化・軍事独裁化を阻止しようとする運動が一大高揚を遂げ、それがルーラの勝利を確実なものにしていった。
人民生活悪化の下で再び人民救済政策を実現へ
ボルソナロは経済政策ではネオリベを強行した。国有企業の民営化を中心に人民生活関連の国家機関や組織の多くが縮小または閉鎖された。飢餓、ホームレス、失業が増大した。通貨レアルは暴落し、基本的な生活必需品の価格が劇的に上昇した。また、アマゾンの熱帯林がかつてなく破壊されてアグリビジネスの農地に転換されていった。先住民やアフリカ系のコミュニティを中心に、暴力、迫害、殺人が繰り返し行われた。ボルソナロは女性差別も公然と主張し、女性労働の搾取・収奪を強めた。また、コロナ禍を放置し、米国に次ぐ68万人を超える膨大な数の死者を出した。政治的、経済的、社会的危機が深刻化していった。
人民生活は極度に悪化した。ルーラが初めて大統領になった2003年以降、労働者党政権の下で飢餓に終止符が打たれたが、それがボルソナロ政権になってからことごとく破壊されていき、3300万人が飢餓状態になるまでに事態が悪化していた。国連食糧農業機関(FAO)の報告書によると、「深刻または中程度の食料不安」は6130万人に跳ね上がった。これに対してルーラは、「民主主義の防衛と飢餓との闘い」の「13の提案」を掲げて闘った。
○強力な最低賃金:インフレ率を上回る調整を行う。
○家族奨学金:最貧層の食糧供給と経済の車輪を回すための収入を保証する。
○飢餓のないブラジル:3300万人に食糧を保証し、ブラジルを再び飢餓の地図から消し去る。
○私の家、私の人生:ブラジル史上最大の大衆住宅計画の再開。
○いっそう健康なブラジル:ブラジル全土の家族に医療を提供する。
○女性省:女性の労働市場への復帰を促進。女性警察署、脆弱な状況にある女性のための公的機関「ブラジル女性の家ネットワーク」を創設。
○大衆の薬局:医薬品を最も必要とする人々のために低コストで保証するプログラムを再開、拡大。
○ブラジル零細中小企業の改善:零細企業および中小企業のクレジットへのアクセスを容易にする。
○ブラジルを解きほぐす:最低賃金を受け取る家族の債務を交渉し、経済を再加熱させる。
○文化省再建:より幸せなブラジルのための文化の復興、地元地域の生産と雇用創出。
○持続可能なブラジル:違法な採掘、焼却、森林破壊と闘う。環境、特にアマゾンを守るために、保全検査機関を回復する。
○託児所と全日制教育:教育の質を高め、子どもたちや若者、家族の生活を向上させる。
○より多くの大学:若者の高等教育へのアクセスを拡大。低所得の学生が大学にとどまるための「永続性助成金」を実施。
アマゾンの先住民と地球環境の保護を公約に掲げる
ルーラは、大統領選勝利の後、さっそく11月16日にエジプトでのCOP27に出席し、「ブラジルは帰ってきた」と演説して喝采を浴びた。「アマゾン破壊を過去のものにする」と誓い、2025年はブラジルでCOPを開催したいとの意向を表明した。
ルーラは、先住民保護区とアマゾンの保全を強く主張し、熱帯林の破壊をストップさせることを公約のひとつにしてきた。そのことは、ルーラが国際的に大きな支持を獲得することにつながった重要な要因としてある。
アマゾン熱帯林の破壊と開発は、地球環境と気候危機の悪化に重大な影響をもつものとして、世界的な反対運動が展開されてきた。だが、ボルソナロ政権の下で、ブラジルの歴史上かつてないほどの森林火災が発生した。この火災は開発用地を確保するための意図的なものがほとんどで、そこは大規模アグリビジネスの農地に転換されていったのである。また、ボルソナロ政権は先住民の土地の保護を撤廃しようとしてきた。先住民の領土に対する暴力的な侵入が昨年には約1300件記録された。先住民保護区が違法に奪われ、自然環境を保護する先住民や活動家が攻撃され殺害されてきた。
BRICSとラ米カリブ地域共同体の再建へ
ルーラは、BRICSを再建・強化して中国やロシアとの協力関係を強め、さらにいっそう拡大していく方針である。アルゼンチン、イラン、アルジェリア、インドネシアが既に加盟を申請し、エジプト、サウジアラビア、トルコ、アフガニスタンなどが加盟に強い関心を示している。BRICSの基軸通貨創出も提案され準備されている。ルーラはBRICSを通じたウクライナ戦争の和平にも意欲的である。
さらに、「南米共同市場(MERCOSUR)」「南米諸国連合(UNASUR)」「ラ米カリブ諸国共同体(CELAC)」の再建も計画している。チャベスが主導して結成されたUNASURやCELACは、2015年ごろから反動攻勢が強まる中で、特にアルゼンチンのマクリ政権とブラジルのボルソナロ政権によって事実上の機能停止に追い込まれていた。この間、親米帝の反動政権であったペルー、ホンジュラス、コロンビアが反米反帝反ネオリベ政権に転換し、メキシコ、アルゼンチン、チリなどでの進歩的民主的政権への転換と相まって、ラ米カリブ全体が大きく米帝一極支配に対峙する反帝反ネオリベの方向へ転換してきた。だが、その大きなうねりも、圧倒的な大国ブラジルが極右ボルソナロ反動政権によって支配されていたため、限界があった。今回のルーラの勝利によってそれがついに突破され、再建の展望が切り開かれたのだ。また、ラ米カリブの基軸通貨「スール」が創出されようとしている。
米帝一極支配がいっそう掘り崩されていき、ドルに依存しない経済圏の創出と拡大発展が加速し、その下でラ米カリブは全体としてかつてない結束と非米反米反帝的統合を推進していくに違いない。