「数の力」による審議の形骸化――国会を空洞化させた強行採決
第221回特別国会が閉会した。戦後日本政治史に刻まれるべき「異常」の連続であった。
高市内閣は、政権離脱した公明党に替えて、極右の日本維新の会と組んだ。衆院選に圧勝した自民党は単独で三分の二以上の議席を獲得し、圧倒的な「数の力」を背景に、高市首相は次々と「国論を二分する政策」を押し通した。政府提出法案64本をすべて成立させた。しかし、その裏で何が捨て置かれたのか。審議時間の著しい短縮、説明責任の放棄、与野党合意を形骸化させ、議会制民主主義の形式さえも破壊した。
高市政権は、審議時間を異常なまでに短縮した。「改正皇室典範」の衆参両院の委員会審議は合計わずか6時間余りという前代未聞の短さで可決・成立させた。「国旗損壊等処罰法」に至っては、憲法学者から「表現・思想の自由に抵触し違憲の疑いが濃厚」と指摘されながら、「繰り返し再生」のような形式答弁だけで数の力で強行可決した。
その結果、後半国会の開始から終盤にかけて、高市内閣の支持率は急速に低下した。国会での強引さと対照的な熊本地震の危機対応の遅さに加え被災者より自己宣伝優先への批判、8月4日には199名の憲法研究者が「国旗損壊等処罰法」の速やかな廃止を求める声明を発出したこと等をはじめ、すでに反高市の狼煙が上がっている。
反動法のオンパレード――戦前回帰と監視社会への傾斜
成立した一連の法律は、個人より国家を優先し、戦後の平和主義と人権保障を否定する「高市カラー」を色濃く反映している。
「国旗損壊等処罰法」はその最たる例である。処罰対象となる「国旗損壊」の基準は「著しく不快・嫌悪を催す」という極めて主観的な要件に依存しており、罪刑法定主義を根底から覆す。「日の丸」はかつて天皇制軍国主義による侵略戦争に動員する最大の道具であった。それを再び戦争準備へ国民を動員するために利用しようとするこの法律は、明らかに憲法違反である。自民党ベテラン議員からも「何のために今この法律が必要なのか」「器物損壊罪で十分ではないか」という異論が噴出したが、政権は無視した。
「男系男子維持」に固執する高市政権は、旧皇族の養子縁組を可能にする法案をごり押しした。ペンライトの若者たちは、今通す必要がどこにあるのかと突き放した。象徴天皇制は国民主権と対立し、憲法最大の矛盾である。「万世一系」は虚構にすぎず、明治憲法下では国民の権利を奪い、アジア侵略で甚大な犠牲を生んだ。家父長制に基づく天皇制は身分・性・民族差別の極致であり、民主主義的精神と相容れない。ここから「性差別解消」だけ切り離し女性天皇を支持するのは誤りだ。松本治一郎の「貴族あれば賤族あり」を想起すべきである。改定は強行されたが、旧皇族養子の正当性への疑義も噴出し、対立は続く。
一方、左翼・リベラルの多くが「皇室への親近感」から女性天皇待望論を唱え、天皇制そのものを受容している。それは戦争への「統合の象徴」を提供し、高市政権を利するだけだ。われわれは現行天皇制にも、存続のためのいかなる議論にも反対する。
「国家情報会議設置法」は、外務省・防衛省・警察庁・公安調査庁に分散していた情報活動を統合・調整し「国民監視」の司令塔機能を首相官邸に集中するものである。これまで自衛隊や警察が個別に収集していた市民の思想・信条・属性的情報が「国家情報局」という統合司令塔に一元化されるリスクは極めて深刻である。憲法21条の「通信の秘密」や表現の自由は、根本的な危機にさらされている。
「再審法改正」もまた、冤罪被害者の救済を遠ざける改悪であった。検察官の抗告禁止に「例外」を温存し、証拠開示を限定し、開示された証拠の報道を「目的外使用」として禁止した。100名超の刑事法学者・元裁判官からの反対声明を無視しての強行であった。
これらの法律はすべて、「国家の権威」を「個人の尊厳」より優位に置く発想に貫かれている。戦前の治安維持法や特別高等警察を想起させるこの法的改悪の波は、まさに「戦前回帰」の危険な一歩である。
国会軽視と情報操作が結びつく高市政権の危険性
総裁選・衆院選をめぐる中傷動画疑惑と「サナエトークン」問題に対する国会での追及に対し、高市首相は「秘書の陳述書を提出し、それをもって答弁に代える」と述べた。行政府の長が立法府での口頭答弁を秘書の文書で代替するという対応は、戦後国会史においてほとんど例を見ない「答弁拒否」である。しかも、その陳述書は一か月以上提出されず、国会閉会後に短時間の形式的答弁で済ませるという、国会審議を軽視した姿勢が際立った。閉会後の記者会見で特別国会の混乱について問われた際、高市首相が「反省点は特にない」と言い放った一言は、国会に対する傲慢な態度を象徴している。
こうした国会軽視の姿勢は、今国会で成立した「国民投票法改正」にも表れている。インターネット広告やSNS利用に関する規制の在り方という主要論点は、今回も棚上げされたままである。偽情報の拡散、AI生成の中傷動画、ターゲティング広告など、国民投票の公正性を左右する重大な課題が放置され続けているにもかかわらず、政府は制度整備を怠った。
このまま憲法改正が発議されれば、総裁選や衆院選で高市首相が用いたネット戦略が、国民投票でも規制されずに展開される。選挙以上に国家の根幹を左右する国民投票において、情報操作や中傷動画が野放しとなる状況は、民主主義の正当性を深刻に損なう。行政府の長による説明責任の拒否と、国民投票制度の不備が結びつくことで、政治権力が情報空間を通じて民意形成を歪める危険性が現実味を帯びている。
国会への答弁拒否とネット規制の棚上げは、偶然の出来事ではない。両者は「説明責任の軽視」と「情報空間の統制」という同じ方向性を持つ政策姿勢の表れである。
副首都法と定数削減の醜い駆け引き
今国会の混乱を象徴するのが「副首都構想関連法」と「衆院定数削減法」をめぐる与野党の攻防であった。
「『副首都構想』関連法は、日本維新の会が最重要目標とする「副首都化」と「大阪都構想」の推進に応じることで政権基盤の安定を図る、露骨な党利党略の産物である。法案の核心部分は「政令で定める」として国会の統制から外し、具体的な制度設計は与党中心の政府判断に全権委任とした。どれほどの資金を投入するかも白紙委任状態だ。しかも、野党取り込みのために「住民投票と地方選挙の同日実施を控えるよう最大限調整する」という附帯決議を付したにもかかわらず、成立直後に維新の吉村洋文代表が「同日実施を目指す」と明言した。国会の議決や合意形成プロセスを単なる「その場しのぎの道具」として扱ったこの姿勢は、国会軽視の極みである。
「衆院定数削減法案」もまた、維新の要求に応じるための道具に過ぎなかった。「1年以内に協議が整わなければ比例45削減を自動発動する」という仕組みは、比例代表に依存する中小野党の議会からの排除そのものである。多様な民意の切り捨てと与党支配の固定化をもたらすこの法案は、民主主義の根幹である選挙制度を政局の取引材料に貶めた。最終的に先送りされたものの、次期臨時国会で再び強行される危険性は依然として高い。
高市政権打倒へ――全国で闘いを継続しよう
今国会は「数の力」による審議の形骸化、戦前回帰的な反動法のオンパレード、生活を無視した軍事優先、改憲への急速な傾斜、そして党利党略の露骨な駆け引き――これらすべてが同時進行した「異常」の極みであった。
30兆円もの新規国債発行を伴う2026年度予算、「航空宇宙自衛隊」への改編、殺傷能力のある武器輸出の全面解禁の閣議決定――これらはすべて、国民生活に直結する課題を後回しにした上で強行された。物価高対策は正面から取り上げられず、国民の切実な暮らしの声は国会の議題にすら上らなかった。
秋の臨時国会では、食料品だけ2年限定の1%への消費税減税が焦点になる。衆院定数削減法案が再び激論になる。「対外情報庁設置法」や「外国代理人登録法」といったインテリジェンスと国民監視・弾圧の法制が狙われている。「国民のあいだに紛れ込んだスパイを摘発する」という名目は、戦前の特別高等警察や治安維持法と同質の、日常的な国民監視と相互監視体制、情報統制、思想弾圧をもたらす。すでに特定秘密保護法、共謀罪法、経済安全保障推進法、能動的サイバー防御法等で「反国家的活動」摘発の範囲は拡大されてきた。その延長線上に、さらなる監視法制が積み上げられようとしている。
国会軽視・数の横暴という手法は、次期国会でも繰り返されるだろう。しかし、それは決して政権の盤石さを示すものではない。支持率の急減、国会前や全国各地で巻き起こっている女性や若者たちが牽引する市民デモ、世論の反発に見られるように、数の力で人民の声をねじ伏せる政治に対する憤りは全国で確実に広がっている。女性や若者たちを先頭に、仕事を終えて国会前や駅頭でペンライトをかざす。「改憲、皇室典範、今やることなのか?」「私たちの生活を守るための議論と法律を!」「武器より生活!」「モームリ高市!」
問われているのは、この強権的な反動政治を容認し、監視と軍国主義の社会へ傾斜していくことを許すのか、それとも平和と基本的人権、人民の生活を守るために抗議の声を結集させるかという歴史的分岐点である。闘いは継続している。
街頭から、職場から、地域からの闘いを継続しよう。高市政権の暴政を打ち砕くことは可能だ。
2026年8月8日
『コミュニスト・デモクラット』編集局
