はじめに
欧州覆う戦争熱 反露・嫌露宣伝の犯罪性
米・NATOの対ロシア「代理戦争」は随分前から行き詰まっていた。トランプはこれ以上継続できないという事実を認めたに過ぎない。もはや衰退する米国にウクライナ、ガザ、中国の「三正面戦争」全部を遂行する力はない。それより、ウクライナの鉱物資源略奪と復興利権を奪う方が得策だと考えたのだ。米財政危機はいつ爆発してもおかしくない状況だ。トランプは対露和解によって、限られた軍事力と財政をイランを睨む中東戦争と、来る社会主義中国との戦争に集中投入したいのだ。中国・ロシア間を分断するという期待も大きい。
ところがEU諸国は、米国のこの戦略転換にパニックに陥り、欧州だけで対ロシア戦争を遂行する態勢づくりを始めた。そもそもソ連崩壊後、米ソの「合意」を破って、資源大国・軍事大国ロシアを打倒するために対ロシア戦争(NATO東方拡大)を主導したのは米帝国主義である。ウクライナ戦争は、対ロシア戦争の総仕上げだった。トランプはそのはしごを外したのだ。
2月28日のトランプ・ゼレンスキー会談でのトランプの「叱責」は、単にゼレンスキーだけではなく、欧州諸国全体にも向けられたものだった。対ロシア戦争は今後はEU諸国で全面負担せよというわけだ。EUは8千億ユーロの「欧州再軍備計画」、「財政制限ルール」見直しで合意した。
今、欧州の帝国主義支配層は異常な戦争熱に冒されている。「フランスの核の傘」や「有志連合軍」「食料備蓄」など好戦的言動が次々と飛び出している。NATO東方拡大の中で支配層が煽り建ててきた「ルッソフォビア」(ロシアは嫌いだ!ロシアは怖い!)の宣伝が平和外交への道を自ら閉ざしているのだ。
しかし、欧州は米国以上に経済的危機の真っただ中にある。労働者・人民の忍耐にも限界がある。米国抜きの対ロシア戦争は異常に困難だ。諸矛盾の爆発は避けられない。
今年は、反ファシズム戦争勝利80周年の節目である。その年に、人々は、第二次世界大戦の教訓「二度と戦争をしないで」を再び叫び始めている。かつて社会主義ソ連によって打ち倒されたナチス・ドイツ=ドイツ帝国主義と、中国民族解放闘争に敗れた天皇制軍国主義=日本帝国主義が、戦後課された憲法的制約を自ら打ち破り、西では対ロシア戦争の先兵として、東では対中戦争の先兵として、暴走し始めた。日本で反戦運動を中心任務とする者として、ドイツの反戦運動、左翼・共産党から学ぶことは重要だ。 (渉)
軍国主義の復活 ~憲法改悪とドイツ再軍備
ヨーロッパ戦争熱の中心にいるのがドイツだ。今年2月の総選挙で、ウクライナ戦争に狂奔した社会民主党(SPD)のショルツが率いる連立政権は崩壊した。しかし、選挙で第一党になったCDU/CSU(キリスト教民主同盟/キリスト教社会同盟)のメルツもまた対ロシア戦争を叫んでいる。対露戦争がドイツ支配階級の総意となっているのだ。目下、CDU/CSUとSPDの「戦争党」間で大連立交渉が行われている。
ドイツのショルツ首相と次期首相と目されるメルツは、ドイツ軍国主義を復活させ、1914年、1941年に続く三度目の対ロシア戦争の本格的準備を決定した。ショルツは3年前、ロシアのウクライナ侵攻のわずか3日後に、連邦議会で「時代の転換点(Zeitenwende)」演説を行ない、戦後ドイツの軍事外交政策を大転換する再軍備に舵を切った。そしてメルツもまた「国防の大転換」方針を打ち出し、対ロシア戦争の最前線に立つことを表明した。
その戦争党2党が共同で提出した基本法(憲法)改悪法案は、緑の党らを巻き込み、ドイツ上下両院の3分の2の賛成で可決し成立した。その主な内容は、軍事費をGDP比1%以内に抑える「債務ブレーキ」の撤廃、GDPの0.35%までの債務を可能とする連邦州政府予算の財政規律の緩和である。インフラ投資も軍事化される。道路・鉄道・港湾・空港・情報通信整備すべてが戦争に動員される。戦争党からは繰り返し、徴兵制や学校現場や企業での戦争準備・演習の強制まで出されている。
軍需独占体と軍事経済化
ドイツ超軍拡を主導するのがドイツの金融資本と金融寡頭制だ。2つの変化に注目したい。第1に、対ロシア戦争を叫ぶ軍需産業の動きだ。ドイツ最大の軍需独占体ラインメタルのCEOであり軍需産業団体の会長でもあるパッペルガーは、「ヨーロッパにおける再軍備の時代が始まった」と豪語し、苦境の自動車独占体の工場閉鎖に付け入り、代りに戦車の生産を求め、工場の買収には長期計画が必要だと連邦政府に戦車の大量購入を要求した。フォルクスワーゲン(VW)も、軍事投資を表明し、ナチスの暗い過去を「道徳的抵抗はない」と拭い去った。ラインメタルの2024年のグループ売上高は、前年比36%増の約97億5000万ユーロで、兵器、戦車、弾薬の生産が収益の80%を占めた。さらに今年は売上高が最大30%増加すると予想、今後2年間で約8千人の従業員を新規雇用し、全世界で合計4万人の従業員体制を追求する。2022年にウクライナ戦争が始まって以来、同社の株価は10倍以上に上昇している。
第2に、ドイツ経済の危機からの脱却を、「軍事経済化」に見出し始めたことだ。ドイツ金融資本は、米欧日帝国主義と足並みを揃え、貿易・投資依存の高かった中国との対立に向かおうとしている。ロシアとも断絶状態だ。残された道として、経済軍事化でドイツ経済を再建することに賭けようとしている。「自動車から兵器へ」「バターから大砲へ」。大衆消費財のビジネスモデルを、兵器ビジネスに変えようとしているのだ。ドイツ安全保障・防衛産業協会、SPD経済フォーラム、IGメタル指導部の一部が共同で発表した文書では、経済危機の解決策として軍需産業の拡大を推奨し、人員削減産業(自動車産業、機械工学)従業員の軍需産業への転職が勧められている。

膨れ上がる軍事費が生活・福祉を押し潰す
ドイツ経済は、この2年マイナス成長だ。インフレ率は高水準で推移し、2020年以降消費者価格が34%上昇し、実質賃金は低下し、ますます多くの人々が食料の節約を強いられている。中所得層の7人に1人も食料を減らしている。しかも、これはまだ再軍備・憲法改悪が決定される前の段階での状況なのである。
安価なロシア産天然ガス・石油エネルギーと対中貿易・投資に支えられてきたドイツ産業は、対ロシア戦争と対中国対決で経済発展の道を自ら放棄したのだ。特に基幹の自動車産業が大打撃を受け、今や大規模人員削減計画が相次いでいる。世界自動車第2位の売り上げのVWは、国内10工場のうち3つの閉鎖。同子会社のアウディは、2029年までに国内従業員の14%にあたる7500人の削減。同傘下のポルシェは2029年までに1900人を削減。世界的自動車部品のボッシュは全従業員の1%にあたる5500人の削減を計画している。
今後、再軍備が本格的に始まれば、膨れ上がる軍事費が人民生活・福祉を破壊し押し潰しにかかる。雇用も賃金も年金も、医療も福祉も教育も、あらゆる領域が階級矛盾と階級闘争の舞台となるだろう。
高まる若者の反発 ドイツ共産党も重要な役割担う
再軍備と同時に、反動攻勢が強まっている。「反プーチン」を掲げれば、これまで禁じられてきたナチス型のデモも政府・警察に許容される傾向にある。パレスチナ支援集会は禁止され、「反ユダヤ主義」の罪で迫害されている。1月末、CDU/CSUはAfDの支持を得て、これまでの寛容な移民法を転換させて、家族の呼び寄せ停止や移民追放などを盛り込んだ反動的な新移民法案を提出した。だが大衆行動によってこの反動法案は阻止された。
連邦議会の外では、人民の大衆行動が広がりつつある。3月15日、「再軍備・基本法の改悪 ノー!」をスローガンに約2000人がデモを行なった。集会には、社会主義ドイツ労働者青年団(SDAJ)などの共産主義諸組織、IG BAU(労組35万人)のメンバーや若者らが参加した。同日、IGメタル(ドイツ最大労組220万人)のメンバーがIGメタル行動デーを組織した。これらの運動の一つの特徴は、若者の間で戦争や社会的予算削減に対する不安と怒りが広がりつつあることである。
3月29日には、新たに配備される対露ミサイルの司令部が置かれるヴィースバーデンでの全国的平和行動が行われ、4千人がデモ行進した。「ベルリン・アピール」は、「第二次世界大戦後、最も危険な時代に生きている。核の深淵に陥るか、通常戦争で滅びるかの危険性は現実のものとなっている」という危機感を表明した。次の焦点は、4月20日の「平和のために再軍備と社会的削減に反対する」イースター全国行進だ。これが、新政府との最初の対決点となる。
ドイツ共産党(DKP)は、今年6月に党大会を開き、今後4年間の主要任務を、核搭載可能中距離ミサイル配備反対、再軍備反対など、反戦平和運動に定める決意を固めた。政府支配層の戦争路線への労働者・労働組合の「統合」を阻止し、労働者階級の中に共産主義者を定着させ、DKPを強化することを確認する予定だ。われわれは、DKPの理論的・実践的活動に共感を持って注目していきたい。