【ケーススタディ】
インドネシア高速鉄道事業にみる
帝国主義従属モデルと「一帯一路」Win-Winモデル


 2015年にインドネシアのジョコ・ウィドド大統領は日本と中国を歴訪し、安倍首相、習近平国家主席と会談を重ねた。重要議題の一つが東南アジア初の高速鉄道事業の受注だった。結果は、日本案にほぼ決まりかけていたものが逆転で中国案となった。なぜ日本案は敗れたのか。
 日本案はODA(政府開発援助)による「STEP円借款」を活用するもので、「技術移転」により「途上国は経済的な自立を達成」、「経済成長を可能とするインフラ整備等を支援」とのうたい文句だ。しかしその内実は、インドネシア政府の財政支出と債務保証による債務奴隷化と0・1%の超低金利をえさにした「ひも付き」援助で、しかも、日本企業の指名を強制するが技術供与は決して行わないというものだった。
 こうした帝国主義新植民地主義従属モデルが、いかに途上国の自力発展を阻害し、従属させて収奪するものであるかは、中国の「一帯一路」Win-Winモデルとの比較により明確になる。中国案は、中国国営銀行が融資を行い、中国側インドネシア側双方の国営企業が出資して鉄道会社を設立して建設・運営にあたるもので、政府の財政支出はなし(インドネシア側の資金不足により結果的に一部支出を余儀なくされたが)、政府の債務保証はなし、それだけでなく、技術供与を惜しみなく行うものだった。債務奴隷から逃れ、事業を自力で行いたいインドネシア側が中国案に飛びついたのは当然のことだった。
 高速鉄道は2023年10月に開業した。在来特急で3時間半のジャカルタとインドネシア第三の都市バンドン間140㎞を最高時速350㎞で駆け抜け40分あまりで結ぶ。かのバンドン会議が開かれた街だ。予想を超える需要で、利用者は2023年12月までに100万人を超え、2024年9月には500万人を突破した。富裕層だけの利用ではこの数字にはならない。東南アジア最大の人口と経済規模をもつインドネシアの経済成長を象徴する事業となった。

ODAによる二国間の円借款

 

金融資本の貸付けによる途上国収奪には、借款そのものによる利得と、借款が本国の企業の製品の購入に充てられることによる利得がある。後者を強制するのが「ひも付き」だ。「金融資本は、一頭の牛から二枚の皮をはぎとるように、第一には、借款からの利得と、第二には、借款がクルップの製品や『鉄鋼シンジケート』の鉄道材料などの購入にあてられる場合に、その同じ借款からえられる利得とをうばいとるものだ」(レーニン「帝国主義論」第九章)
 日本の場合、二国間の貸付けにODAを最大限に利用しているのが特徴だ。2022年の実績で、日本のODAは223億ドルで世界第3位、このうち二国間政府貸付は140億ドルで63%を占める。ODAにおける二国間政府貸付としては額、比率とも他国に比べて突出して大きい。世界第1位は米国の612億ドルだが、99%を無償ないし贈与で占める。貸付けはほぼゼロだ。米国の場合、主な相手国でみると、60年代のベトナム、80年代のイスラエル、エジプト、2000年代のイラク、アフガニスタンと、米国が仕掛ける戦争地域に偏っている。ODAを政治・軍事介入を目的としたドルのばらまきに使っているのだ。2022年以降はウクライナ「支援」が急増し日本も無償で拠出している。2023年はODAとして各国から総額で405億ドルがウクライナに拠出された。(上図参照:2023年版開発協力白書)

アベノミクスの国際版…STEP円借款

 日本のODAのメニューに「STEP円借款」がある。STEPについて国の文書に「我が国の優れた技術やノウハウを活用し、途上国への技術移転を通じて我が国の『顔の見える援助』を促進するため、2002年7月に導入された本邦技術活用条件」(「円借款の戦略的活用のための改善策について」2013年4月15日外務省・財務省・経産省)との説明があるが、要は金利を低くする代わりに日本の技術を使え、日本企業を指名せよ、というものだ。2002年に導入されたが、安倍政権の2013年に利用を拡大するための運用の見直しがあり、金利も0・1%という破格に低い値となった。原資は郵便貯金で、JICA(国際協力機構)やJBIC(国際協力銀行)を通じて貸し付けられる。アベノミクスによる異次元の金融緩和により実現したもので、日本が受注したインドや台湾(一部受注)の高速鉄道事業では、三菱重工、川崎重工、日立、東芝、JR東日本、双日、丸紅、三井物産、三菱商事、住友商事、大林組、JFE…といった企業名がずらりと並ぶ。

政府の財政出動と債務保証を前提とした日本案

インドネシア高速鉄道の日本案(右図)は、2015年の段階で、完成予定2023年度、総事業費7440億円で、その74%を日本の政府系金融機関による融資でまかなうというもの。準備調査書(「インドネシア国ジャワ高速鉄道開発事業準備調査」JICA他)に調達の例として、JICAによるSTEP円借款(金利0・1%)、ひも付きでない円借款(1・4%)、世銀・アジア開発銀行(不明)、インドネシア金融機関(14%)などいくつかあげているが、その後の説明はSTEP円借款が前提となっている。STEP円借款を使えということだ。さらにインドネシア政府の財政から16%分を出資し国営高速鉄道開発会社を設立、民間金融機関と民間投資家から10%分の融資と出資を募り民間高速鉄道運営会社を設立、これで残りの26%をまかなうことにしている。完成後の運営を民間委託とするのも日本案の特徴だ。
 財政出動を前提としているだけでなく、インドネシア政府の債務保証が明記されている。鉄道事業が赤字となり返済が滞った場合、政府が肩代わりしなければならない。民間運営会社の尻ぬぐいも政府の仕事になるだろう。政府の財政が圧迫され、増税や公共料金の値上げという形で負担はインドネシア人民にのしかかる。逆に日本側は決して損しないつくりだ。
 STEP円借款は金利がいくら低くても貸付けなので元本の返済が迫られる。それに建設費が予定より膨らむ事態が容易に生じうる。中国案についてもコロナ禍による工期の遅れなどにより建設費が膨らんだ。日本案であれば円安の影響を含め、もっと膨らんだであろう。円に換算したときの事業費が膨らむことから、円安は円借款には不利にはたらくのである。インドのムンバイ・アーメダバード間の高速鉄道は日本が受注し、現在建設が行われているが、10年たっても完成せず批判を受けている。1兆8千億円と見積もられた事業費は3兆円を超えるのではないかといわれている。

途上国の自力での発展を阻害

 さらに、日本案では指名した日本企業から技術供与を受けることができない。先に示したSTEP円借款についての国の文書には、「途上国への技術移転を通じて『顔の見える援助』を促進」などとあるが、実際の運用は全く違っていた。「計画にまだ中国の影がなかった2010年代初頭、従来の円借款供与規模を大きく超える額にインドネシア側は大きな不信感を抱いており、日本が新幹線を押し売りしていると批判に晒された。そのまま政府の対外債務になることに加え、日本は技術の移転、つまり将来的な国産化を許さなかったからである」(東洋経済誌・傍線は引用者)。
 かつて日本のODAは「ひも付き」が商業主義だと批判を受けたことがあり、そのため、1980~90年代は「ひも付き」案件が劇的に低減し、ほぼゼロとなっていた。これはちょうど中国に対して盛んに円借款を行っていた時期に重なる。中国国内のインフラ事業の実に18%を占めていた年もある。2000年代に入って日本企業の受注率低下が問題となり、技術供与を条件に「ひも付き」を復活させた。ところが最近は条件としたその技術供与を許さなくなったというのだ。
 中国向け円借款は2000年代に急速に縮小し2007年には終了する。中国が高速鉄道事業に着手するのはこの時期で、当初は日本やEUから民間ベースで技術供与を受けながら建設を進めたが、いまでは独自ブランドを確立し、量、質ともに日本を凌駕し、世界最大の高速鉄道大国となった。利得を吸い上げる支援先が発展してしまうと、その国から収奪ができなくなるだけでなく、他の収奪先も奪われかねない。こうした経験から、日本は途上国に対して技術を渡さないことにしたのだろう。途上国の自力での発展を露骨に阻害し、貧困と従属を維持して収奪を続けようというのだ。

リスクが高い事業だから途上国に返済義務を負わせる

 ODAを評価するために外務省が設置した「開発協力適正会議」において、2013年に、準備調査段階だったインドネシア高速鉄道事業が議題となった。外部委員から「現時点で7000億円以上の事業費が見込まれている中で、国際協力銀行等日本企業向けの投融資ではなく、ODAである円借款を活用する理由を途上国開発の文脈から説明していただきたい」との質問が出た。これに対し外務省事務局は、「円借款は、途上国は経済的な自立を達成し、また、貧困削減を図るために、恒常的で持続的な経済成長を可能とするような経済インフラ、あるいは社会インフラの整備等を支援するものでございます」「円借款は、途上国にとって重い負担とならないように、金利、償還期間等につきまして、緩やかな条件を付しつつも、返済義務を課すということで自助努力を促すというものでございます」「国際協力銀行等の日本企業向けの投融資は、我が国企業、日本企業の国際競争力の維持や向上を図る等の目的で、商業的に自立可能、すなわち、コマーシャルにバイアブルな事業に対して実施されるものと理解しております」と回答している(「第11回会議録」外務省)。
 円借款は途上国側が返済義務を負うが、国際協力銀行等日本企業向けの投融資は海外に進出したい日本企業に対して投融資を行うので、返済義務を日本企業が負うことになる。債務保証も日本側が負う。先進国への投資にはこちらが使われる。
 結局、外務省事務局の回答は、インドネシア高速鉄道事業は、「コマーシャルにバイアブルな事業」ではない、すなわち商業的に採算がとれないリスクの高い事業なので途上国側に返済義務を負わせたというだけである。「自助努力を促す」などとよく言えたものだ。「経済的な自立を達成」させるつもりなどさらさらないのだ。
  
「一帯一路」Win-Winの中国案
  
 東南アジア初の高速鉄道は「一帯一路」を象徴する事業となった。2015年の中国当初案は、完成予定2019年度、総事業費60・7億ドル(7312億円:1ドル=120円)、総事業費は日本案とほぼ同額だが、これを中国国家開発銀行による融資(金利2%)で75%をまかなう。中国の国営企業の共同体が10%分、インドネシアの国営企業の共同体が15%分を出資して高速鉄道運営会社を設立、出資金で残り25%をまかなう。(下図参照:「『快進撃』インドネシア高速鉄道、延伸計画の行方」「インドネシア高速鉄道、一転『国費投入』の理由」東洋経済誌)


 図を見てわかるように、インドネシア政府は登場しない。債務保証はないので対外債務にはならない。事業の出資元は中国、インドネシア双方の国営企業セクションだ。私的部門は一切ない。建設の実施主体にはインドネシア国営建設企業も加わり、まさに双方の国営企業が共同で総力をあげて進める事業といえる。インドネシア政府の財政出動は当初案ではなかったが、インドネシア側の国営企業の出資分に不足が生じたことから約400億円の財政出動がなされた。
 コロナ禍等により4年遅れの2023年に完成、これは日本案の完成予定時期に一致する。総事業費はコロナ禍や物価高騰により増加し、完成時には67・2億ドル(1兆490億円:1ドル=134円)となった。増分は中国国家開発銀行から追加の融資が行われた。インドネシア政府の債務保証はないので、もし事業が赤字となった場合、中国国家開発銀行や出資した中国側の国営企業も負債を負うことになる。
 技術供与は日本と真逆で積極的だ。インドネシア高速鉄道はバンドンから西に600キロのスラバヤまでの延伸計画が進んでいるが、インドネシアは国産化を目指しており、既に2023年10月にインドネシア国営車両製造会社と中国中車青島四方機車車両との間で高速鉄道車両開発における技術協力の覚書を締結している。
 鉄道建設事業だけではない。中国側は、車両製造や素材産業に加えて沿線の不動産開発など、総合的なインフラ整備にも協力する姿勢である。「インドネシアの労働者は中国の技術専門家から学んでいる。インフラ整備が経済成長の鍵であり、その最大の課題は資金と技術移転の不足である。しかし『一帯一路』による中国とインドネシアのパートナーシップは、資金調達や技術移転に関する障害を克服するだろう」(「初の高速鉄道が東南アジアの新たな接続時代の幕開け」China Daily紙)

途上国の自力での経済成長が帝国主義に対抗する力となる

 債務奴隷から逃れ、さまざまな事業の国産化をめざすインドネシア側が中国案に飛びついたのは当然のことだった。中国側はどうか。途上国への投資という点では日本と変わらないようにみえるが、その内実は、相当のリスクを負ってまで資金提供と技術移転を惜しみなく行うものとなっている。目的は単体の鉄道事業による利益ではない。インドネシアが帝国主義の債務奴隷から逃れ、帝国主義の従属から逃れ、貧困から脱却し、自力で経済成長を遂げることこそが、帝国主義に対抗し、社会主義建設を進める大きな力になることを知っているのだ。
 日本帝国主義にしてみれば、従来のモデルが通用せず、着実に後退が迫られることになる。こうしたものが日本の中国敵視政策や産業軍事化の基礎にあるのではないか。日本国内の階級闘争にどう反射しこれを突き動かすのか。引き続き注視したい。


(SK)

資料

2023年版開発協力白書 実績から見た主要ドナーの政府開発援助概要

https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/files/100648094.pdf

「円借款の戦略的活用のための改善策について」2013年4月15日外務省・財務省・経産省

https://www.kantei.go.jp/jp/singi/keikyou/dai2/siryou2.pdf

「インドネシア国ジャワ高速鉄道開発事業準備調査(要約版)」JICA(国際協力機構)他

https://openjicareport.jica.go.jp/pdf/12235354.pdf

「インドネシア国ジャワ高速鉄道開発事業準備調査」JICA(国際協力機構)他

https://openjicareport.jica.go.jp/pdf/12235362_01.pdf

https://openjicareport.jica.go.jp/pdf/12235362_02.pdf

https://openjicareport.jica.go.jp/pdf/12235362_03.pdf

https://openjicareport.jica.go.jp/pdf/12235362_04.pdf

円借款 案件概要書 2013 年8月27日 ジャワ高速鉄道

https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/about/kaikaku/tekisei_k/pdfs/11_anken_n01.pdf

「快進撃」インドネシア高速鉄道、延伸計画の行方(東洋経済誌)

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「初の高速鉄道が東南アジアの新たな接続時代の幕開け」(中国日報)

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開発協力適正会議 第11回会議録(外務省)インドネシア高速鉄道開発事業準備調査

https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/files/000072961.pdf

開発協力適正会議(外務省)第11回(2013年8月27日)会議録より

○説明者(木村)

松本委員から1点御質問を頂戴しております。「経済産業省委託の『インフラ・システム輸出促進調査等事業』の調査報告書には『本プロジェクトは事業規模が巨額のため,供与すべき円借款の額は同国でのこれまでの供与実績を大きく超えることが予想される』とある。現時点で7,000億円以上の事業費が見込まれている中で,国際協力銀行等日本企業向けの投融資ではなく,ODAである円借款を活用する理由を途上国開発の文脈から説明していただきたい。」こういった御質問を頂戴しております。

○事務局(德田)

お答え申し上げます。国際協力銀行等日本企業向けの投融資ではなく,ODAである円借款を活用する理由を途上国開発の文脈から御説明いただきたいということでございます。円借款は,途上国は経済的な自立を達成し,また,貧困削減を図るために,恒常的で持続的な経済成長を可能とするような経済インフラ,あるいは社会インフラの整備等を支援するものでございます。途上国におきましては,そうした基盤整備に必要な資金,これは市場メカニズムだけで調達するということは困難でございます。それらの観点から,円借款は,途上国にとって重い負担とならないように,金利,償還期間等につきまして,緩やかな条件を付しつつも,返済義務を課すということで自助努力を促すというものでございます。

言及のございましたJBIC(国際協力銀行)ですけれども,国際協力銀行等の日本企業向けの投融資は,我が国企業,日本企業の国際競争力の維持や向上を図る等の目的で,商業的に自立可能,すなわち,コマーシャルにバイアブルな事業に対して実施されるものと理解しております。円借款とJBICの整理,棲み分けにつきましては以上でございます。

※引用者注 
円借款は途上国側が返済義務を負うが、国際協力銀行等日本企業向けの投融資の場合、返済義務を日本企業が負うことになり、債務保証も日本側が負うことになる。先進国への投資に使われることがある。

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