2024年中学校教科書採択結果
運動の力で育鵬社はさらに減少 消滅まであと一歩

 今年の中学校教科書採択が終わった。今年の教科書運動の最大の目的は、令和書籍が検定合格したことにより3社となった右派教科書の採択を許さないこと、とりわけ育鵬社を2020年採択(歴史約1%、公民約0・4%)よりも激減させることであった。
 今年の中学校採択は、複雑な政治状況の中で行われた。岸田政権は、対中戦争準備の一環として教科書の右傾化を一気に進めようと令和書籍を検定合格させた。右派教科書を推進した自民党には「裏金問題」で逆風が吹き、とりわけ育鵬社推進の急先鋒であった安倍派が瓦解した。一方、昨年成立したLGBT理解増進法を契機に極右政党(参政党、日本保守党)の動きが活発化した。これらの状況の中で今年の教科書運動が闘われた。

育鵬社の採択率は歴史・公民とも 0・3~0・5%程度に減少!

 2020年採択で育鵬社を採択したのは、市町村教委では、石川県の金沢市、小松市、加賀市と山口県の岩国市・和木町、下関市、大阪府泉佐野市、沖縄県石垣市・与那国町、栃木県大田原市。都道府県では宮城県、埼玉県、千葉県、山口県、福岡県だった。
 その中で金沢市(歴史)、大阪府泉佐野市(公民)、沖縄県石垣市・与那国町(公民)、下関市(歴史)、都道府県では千葉県立中学2校(歴史・公民)、福岡県立中学校(公民)で育鵬社不採択となった。新規採択は小松市の公民だけだった。育鵬社の採択率は、20年に比べて歴史で半減、公民でも減少する見込みである。このことの意味は極めて大きい。育鵬社はさらに退潮し、消滅への道を突き進んでいることは確かである。
 大阪では泉佐野市で育鵬社を不採択に追い込むことは最も大きな課題であった。前回採択した首長と教育委員が残る中、地元と大阪府下の市民運動が連携して不採択を求める市民学習会や要請行動などが行われた。その結果、教育委員の投票で育鵬社3、東書3票となったが、教育長の権限で東書が採択された。9年越しで育鵬社を阻止した。地元の市民運動の大きな勝利だった。これによって、大阪で育鵬社を一掃することができた。
 育鵬社公民を13年間使い続けてきた沖縄県石垣市・与那国町でも、市民の粘り強い運動によって不採択となった。市民運動は、採択協議会の審議過程が非公開であることを批判し、採択過程の情報公開を求めた。その結果、これまで調査員(現場教員)の報告では、教科書に批判的意見をつけることが禁止されていたが、今回は育鵬社に対して批判的意見が続出し、事実上「最低評価」となっていたことが明らかとなった。採択協議会もこれらの調査員の意見を無視することができなかったのではないだろうか。
  
育鵬社の採択はまたもや政治介入か!? 自由社は15年ぶりに採択!

 今年の採択では、現時点で、栃木県大田原市、石川県加賀市(歴史・公民)、小松市(歴史・公民)、山口県岩国市・和木町(歴史)、都道府県では埼玉県立伊奈学園(歴史・公民)、宮城県立古川黎明中学・仙台二華中学(歴史)、山口県立下関中・高森みどり中(歴史・公民)で育鵬社を採択したことが判明した。
 採択した地域に共通するのは、首長の政治介入が極めて高いということである。加賀市の教育委員会議では、教育委員の投票で歴史3:2、公民3:1:1で育鵬社となった。宮元陸加賀市長は、教育再生首長会議に所属しており、19年4月には、「日本人としてのアイデンティティー確立が必須」として育鵬社・日本教科書の採択を誇る講演を行っている。また宮元市長は、神谷宗幣(参政党)の進める学校設立運動を支援し、深い関係にある。小松市は、15年採択では歴史・公民とも育鵬社を採択していたが、2020年採択で育鵬社(公民)を不採択としていた。しかし、今回再採択したのである。
 山口県は下関市で育鵬社を不採択にしたとはいえ、引き続き岩国市・和木町、山口県立中学で育鵬社を採択した。安倍地盤は少しずつ崩れつつあるが、未だに影響力を持っていると思われる。
 全国的にも特異な採択過程となったのは大田原市である。大田原市は、01年以降、23年にわたって扶桑社・育鵬社教科書を採択し続けている。今回も教科用図書選定委員会の答申で歴史・公民で育鵬社、道徳で日本教科書が推薦され、教育委員会議ではそれらを一括承認した。「現場教員の意見」を尊重した結果が右派教科書であったのである。栃木県は日教組の組織率が極めて低く、逆に右派の全日本教職員連盟(委員長、副委員長とも栃木県の教職員)が教職員を組織していることが影響していると思われる。極めて深刻である。埼玉県立伊奈学園中学校では教育委員の無記名投票で歴史4:2、公民5:1で採択された。秘密裏の審議であった。
 また、茨城県常陸大宮市が歴史・公民で自由社を採択したことが明らかとなった。自由社が公立校で採択されるのは15年ぶりである。常陸大宮市は、「故郷を愛し、慈しむ『郷育(きょういく)』を進める」との「郷育立市宣言」を掲げ、22年に策定した第2期市教育大綱を受け、今回から単独採択に切り替えた。教育委員会議では、全会一致で自由社を採択した。市教委の担当者は「自由社版は郷育の精神に合う」と話した。岡山学芸館清秀中学校(私学)では令和書籍を採択(公民は自由社)した。どちらも大問題である。これらの採択は、今後教科書全体の右傾化に拍車をかける危険性がある。どのような背景があったのか、検証が必要である。

日本会議系道徳「日本教科書」の変化と東大阪市での初採択

 日本会議系の道徳教科書「日本教科書」は これまで大田原市、加賀市、千葉県東葛東部の3カ所で採択されていた。今回は、千葉県東葛東部で不採択になったものの、大田原市、加賀市にくわえて、東大阪市で採択された。教育再生首長会議つながりである。
 日本教科書は、安倍元首相のブレーンであった八木秀次氏が主導して立ち上げた日本会議系の道徳教科書である。前回の採択以降、日本教科書の代表者が学校図書の専務であった奈良威氏に代わり、執筆者の筆頭に鈴木寛氏(民主党政権下で文部科学副大臣、安倍政権下で文部科学補佐官)が加わり、その内容も大きく変わった。前回批判された差別教材も削除した。しかし、社会の基本単位を家族に置く姿勢は全く変わっておらず、危険な教科書に変わりない。それゆえ、ほとんどの採択区では評価さえされず採択されなかった。
 だが、東大阪市の採択会議では、選定委員会から推薦教科書の絞り込みがない中で、4人の教育委員が日本教科書を支持した。教育長がいかに説得しても他の教育委員が日本教科書に固執した。採択の異様さが際立った。何らかの政治介入が疑われる所以である。東大阪の市民運動は、4年後の次の教科書採択に向けてオール東大阪が闘いの再始動を力強く宣言した。また、羽曳野市では、選定委員会答申で日本教科書が3位に入っていたことが明らかとなり、今後採択過程の分析と日本教科書の徹底批判が必要である。

市民の連携した力で不採択
  
 名古屋市では河村市長が「祖国のために命を捨てるというのは、相当高度な道徳的行為だ」と発言し、教科書介入の可能性を高めた。河村市長は令和書籍を支持する日本保守党の共同代表でもあった。教育委員も河村市長に次々と交代させられ、6名の教育委員のうち5名の右派委員がおり、右派教科書採択の可能性が大となっていた。愛知・名古屋の市民運動は、学習会開催や請願書提出、名古屋市内・愛知県内の市民団体・女性団体・労働組合などへの要請書提出などの取り組みを行った。採択の最終段階になり、名古屋・愛知はもちろん、全国からの幅広い市民から、右派教科書の不採択を求める要請書・要望書・意見書などが、FAX・メールなどで名古屋市教委に送られた。7月29日には名古屋市教委にFAXが送れないほど集中し、FAX・電話・メールなども300通を超えたとの情報もあった。これらの力が名古屋市での採択を阻止したのである。貴重な勝利である。
 堺市では、2期目の永藤市長(維新)が「学校群制度」など新自由主義的な教育を推し進めている中で、市議会でも日本保守党議員が愛国心を育む教科書の採択を求める発言をしていた。教科書採択でも強い危機感が市民に広がった。市民団体の呼びかけによって教科書展示会のアンケートで右派教科書の批判がたくさん寄せられた。結果、右派教科書は不採択となった。
 このほかにも危険な動きはいくつもあった。東京都のあきる野市では選定委員会報告書で育鵬社歴史が2位、稲城市では教育委員の無記名投票で2票入った。千葉県内では育鵬社に1票入った地域もあった。また、参政党の地方議員が相対的に多い東京都では、採択区によっては育鵬社を支持する教科書アンケートが多かった。参政党支持者の動員が考えられる。 

採択過程の検証をおこなおう!

 育鵬社を採択された地域はもちろん、採択されなかった地域でも、採択過程の検証が必要である。教員の意見がどれだけ反映されたのか、政治的な介入がなかったのか、採択過程の透明化は進んだのか、それらの検証が次へとつながる。
 大阪市では、20年採択を踏襲し、選定委員会からの「推薦教科書」を教育委員会議で採択する形をとった。しかし、選定委員会からの「答申」にどれだけ学校意見が反映されていたかをみれば、学校調査軽視の傾向が現れている。学校意見で4位になった教科書が推薦されていることもあった。学校調査がどのように採択に反映されたのか、検証しなければならない。
 まだ教科書採択の闘いは終わっていない。育鵬社・自由社を採択した地域が残っている。各地で採択過程の検証を行い、情報交換を行い、4年後に向けた準備を開始したい。


(教員 G)

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