【解説】
高市軍国主義と日本資本主義・帝国主義の爛熟と没落(その1)

はじめに~高市政権の軍国主義的活路の幻想と矛盾

(1) 今号から「高市軍国主義と日本資本主義・帝国主義の爛熟と没落」と題する連載を開始する。高市政権は、日本経済の超長期停滞と歴史的没落からの活路を、対中戦争準備と軍需産業の復活に賭けている。官民投資も軍需中心だ。だが、その道は日本経済を破綻させ、労働者・人民の生活をどん底に突き落とす道でしかない。
 日本資本主義・帝国主義は歴史的限界に来ている。1991年のバブル崩壊以降、35年もの超長期停滞状態にある。それは単なる循環形態の変化ではない(マルクス主義恐慌論の概念では超長期の「慢性不況」)。根底には、深刻な財政危機、人口減少、膨大な非正規雇用と労働力不足、少子高齢化、低賃金と実質賃金の持続的低下、絶対的貧困化と相対的貧困化(貧富の格差拡大)など、複雑に絡み合った深刻な構造問題がある。
 日本帝国主義の国際的地位は急速に没落しつつある。GDPは1968年から40年以上世界第2位の経済大国だったが、2010年には中国に追い抜かれ、2023年にドイツに追い抜かれた。2026年にインド、2030年にはイギリスに追い抜かれる。一人当たり名目GDPの低下はもっと悲惨だ。2000年の2位から急降下し、2024年の順位は38位、スペインやスロベニア、ブルネイなどに抜かれて前年の33位からさらに低下した。
 IMFの推計によれば、2025年のASEANの名目GDPは日本と並んだ。1994年には日本はASEANの8.8倍だった。ASEAN全貿易に占める日本のシェアはこの30年間で20%から7%へ急減した。ASEANは日本との経済関係よりも中国との経済関係がより深くなっているのである。

(2) 本論で明らかにするが、35年もの超長期停滞の最重要原因は、国内投資の長期低迷と労働者・人民の相対的・絶対的貧困化に起因する個人消費の超長期低迷である。しかし、グローバル金融資本とその政党である自民党が支配する限り、最低賃金と社会保障を切り捨て利潤追求を最優先すること、米帝覇権維持のために対中戦争の先兵になることしか眼中にない。
 高市政権は7月21日、「骨太の方針」を閣議決定したが、その戦略を策定した人物らは、かつて2012年以降のアベノミクスで日本の経済的衰退を加速させた張本人たちだ。かつては量的緩和(過剰流動性)と超円安、金融資本には放漫財政・人民にたいしては超緊縮財政、「稼ぐ力」という名の徹底的な搾取強化で日本経済を疲弊させた。
 今回は「強く豊かな日本」、つまり対外的には対中戦争の先兵となる「安保三文書」改悪、対内的には憲法改悪を軸に旧特高の復活や国旗損壊罪やスパイ防止法などの反動化で、日本軍国主義を全く新しい段階へ引き上げるというものだ。その経済戦略=サナエノミクスも軍事一辺倒で、軍需産業と日本型軍産複合体の構築を軸に成長を図るというものだ。そのために「責任ある積極財政」で金融資本への超大盤振る舞いを行い、「経済安保」「軍民デュアル技術」を名目に到底実現不可能な370兆円もの官民投資をぶち上げた。これ以前に高市は対米投資85兆円、対インド投資10兆円もの官民投資を勝手に約束した。これらいずれの投資計画も、「政府が大規模な呼び水(予算・国債など)を出し、それによって「好循環を作る」と言うが、幻想でしかない。債務保証は政府、政府系金融機関が行う。失敗は明らかで、財政で尻拭いする。結局、ツケは大増税となって人民の肩に重くのしかかる。一言すれば、サナエノミクスは、質の悪い「軍事ケインズ主義」である。

(3) 高市政権は軍事も経済も対米従属路線を突っ走っている。対米従属で日本資本主義が成長したのは高度成長期だけだ。かつて西側帝国主義諸国は、1970年代に盟主米帝国主義が陥った戦後最大の体制的危機を救済するために、一致してドル安誘導と高金利誘導を甘受した。1985年の「プラザ合意」だ。折しもそれから40年が経った。米国は当時、日本に対し集中豪雨的な対米輸出攻勢を阻止し、経常収支赤字を解消するために、自動車・家電・半導体などを中心に大幅な輸出規制と高率関税を課した。
 米国が当時持ち出したのが、「ソ連脅威論」であり、社会主義ソ連との核軍拡競争と西側同盟の結束であった。ソ連との体制間対決を煽ることで、日欧帝国主義に対して米帝への従属と支援を強要したのである。今回もまるで同じ構図だ。今回は「中国脅威論」であり、対中体制間対決である。
 しかし、このプラザ合意による円高、円高解消のための日銀の低金利・過剰流動性供給路線が土地・株価バブルを引き起こし、そのバブルが崩壊した結果、今日までの35年もの超長期停滞を招いたのである。対米優先の軍事外交政策、対米従属の金融・経済政策が、日本の労働者・人民の生活に深刻な打撃を与えたのだ。
 トランプは、米帝一極支配を復活させるために、社会主義中国への軍事的・金融経済的な圧迫と同時に、日本帝国主義にも超軍事負担や関税戦争を仕掛けている。40年前と同じ手口、関税戦争と巨額対米投資を要求しているのだ。そして高市政権は、今回も対米従属で自国の労働者・人民を犠牲にすることによって、自らの政権を延命させようとしているのである。しかし、今の日本経済には対米負担を吸収する力はない。それは一方的な労働者・人民への負担増に直結するだろう。
 現在の対中戦争準備と日中対立は日本資本主義の生命線の一つである日中貿易をも直撃し、確実に日本の景気を悪化させるだろう。高市政権は、露骨極まりない対中軍国主義強硬路線を、自国の資本主義の超長期停滞と帝国主義的地位の急速な没落の中で、労働者・人民への犠牲転嫁によって強引に推し進めようとしているのである。対中戦争は単なる軍事問題にとどまらず、日本経済に打撃を与える経済問題であり、労働者・人民の生活に直結する生活問題でもある。高市軍国主義が日本の労働者・人民にとって、いかに壊滅的な打撃をもたらすのか。以下、「なぜ日本資本主義は史上最長35年の経済停滞に陥ったのか」という問題に切り込み、日本資本主義・帝国主義の循環的・構造的危機をマルクス主義経済学に基づいて解明する。


(韮山隆)

[1]バブル崩壊後の超長期停滞の根本原因~構造的過剰資本の爆発的顕在化

(1)日本資本主義の「特殊な超長期慢性不況」とマルクス主義恐慌論

https://honkawa2.sakura.ne.jp/4400.html 社会実情データ図録
出典:FRED経由経済協力開発機構 https://fred.stlouisfed.org/series/JPNPROINDMISMEI
出典:FRED経由経済協力開発機構 https://fred.stlouisfed.org/series/BSCURT02JPQ

 まず図1を見てもらいたい。1950年代から現在までの日本資本主義の経済成長率の推移であり、戦後日本経済の発展過程を概観することができる。実に衝撃的な事実をグラフは示している。経済成長は、高度成長期の平均9.1%から1974~75年恐慌以降90年まで平均4.2%へと半減した。それでも成長していた。ところが1991年のバブル崩壊以降現在までは平均0.8%と実質上のゼロ成長である。バブル崩壊から今年でちょうど35年である。これは世界史上に類を見ない最長の超長期慢性不況なのである。政府やメディアはこの不都合な長期傾向を問題にせず、四半期毎やここ数年の成長率にしか焦点を当てない。それでは直近で仮にプラス成長したとしても、所詮35年にわたる平均0.8%の枠内での変動を扱うに過ぎず、根本問題を避けたままである。
 マルクス主義恐慌論に従い、剰余価値を生産する生産部面を重視し、生産指数、稼働率の推移を通じて恐慌循環局面の分析・評価に移っていきたい。日本の鉱工業生産指数の長期推移(図2)はバブル崩壊後、頭打ちになり、サブプライム危機・リーマンショックの2007~08年の急低下、2018年から始まりコロナショックの2020年以降の急低下を含み、低下傾向にある。
 図3は、日本の設備稼働率の長期推移である。資本は増殖できなければ、まずは設備の稼働率を下げて、需要以上に過剰に生産した商品を在庫処分する。資本の過剰生産と商品の過剰生産は結びついている。稼働率は1974~75年恐慌で大きく低下し、バブル崩壊後は長期にわたり、基準であるゼロを割り込み続けている(このゼロとは過去の平均を指す)。つまり、バブル崩壊後のマイナス20%、30%は、日本資本主義が超長期の過剰資本状態にあることを意味する。ここ数年、稼働率はゼロに接近しているが、これは後述するように、バブル崩壊後の国内設備投資を増やさず抑制しているからである。

注:マルクス主義恐慌論によれば、資本の過剰蓄積とは、資本の増殖率がゼロになることである。資本の競争戦の下で利潤獲得のために追加投資できなければ、資本の増殖は停止し、過剰資本状態になる。そこで資本は過剰資本を価値破壊することで、分母の総資本を減らし、利潤率を確保し新たに利潤追求を始める。過剰資本の価値破壊とは、企業の倒産・廃業、商品資本の価値破壊(安売り、廃棄)、生産資本の価値破壊(設備の廃棄・遊休、原材料処分)、利子生み資本の価値破壊(株・債券など架空資本の暴落)などを指す。
 マルクスは言う。「資本主義的生産の目的は資本の増殖である。すなわち剰余労働の取得であり、剰余価値の、利潤の生産である」。ここで「追加資本がゼロになれば、資本の絶対的過剰生産」が生じる。「絶対的とは二、三の重要な生産領域に及ぶものではなく、その範囲そのものにおいて絶対的であるような、すなわち全ての生産領域を包括するような」資本の過剰生産である。言い換えれば、「増大した資本が、増大する前と同じかまたはそれより少ない剰余価値総量しか生産しなくなるときには資本の絶対的過剰生産が生じる」。それは「個々の諸商品の過剰生産ではなく資本の過剰生産――といっても資本の過剰生産は常に諸商品の過剰生産を含むものであるが――」であり、「資本の過剰蓄積以外の何物でもない」(『『資本論』第3巻第3篇第15章第3節「人口過剰のもとでの資本過剰」新日本出版社旧版第9分冊原著p261、p427-429)
 

 恐慌循環とは何か?マルクス主義恐慌論に基づけば、資本主義の典型的な恐慌循環は4循環局面を描く。恐慌―不況―好況―繁栄である。鉱工業生産が前回の繁栄局面のピークを越えて初めて不況・好況局面を脱して繁栄局面へ移行する。マルクスが『資本論』を執筆した時代、つまり産業革命後の資本主義が勃興期、成長期にあった時代には、この4局面は大抵10年前後であった。第二次世界大戦後も、日本を含む先進諸国は前循環の繁栄局面のピークを越えて、次々と新たな繁栄局面が到来し、工業生産は上昇基調を辿った。しかし今回、そのパターンが大きく崩れた。とりわけ日本はバブル崩壊後、基本的に前回の繁栄局面のピークを超えることができない不況局面が35年もの長きにわたり慢性化し続いている。日本資本主義の歴史上かつてなく長い「特殊な超長期慢性不況」である。この恐慌循環の異常な形態変化の根底には日本資本主義・帝国主義の構造的危機がある。
 もちろん恐慌循環はマルクス・エンゲルスの時代も変化した。そのたびに彼らは、恐慌循環の形態変化に関心を集中した。なぜなら理論家と革命家の両方を兼ね備えた彼らは、「恐慌と階級闘争」「恐慌と革命」を結び付けて考え、実践的見地から経済理論を探求していたからである。われわれも、改めてマルクス主義恐慌論の観点から現在の超長期停滞を解明すると同時に、それが労働者・人民の状態と階級闘争の諸条件をどう変えていくかを研究する必要がある。

注:マルクス主義恐慌論の教科書で優れているのは、『経済恐慌』(F・エルスナー、大月書店)、『恐慌の理論と歴史1』(エリ・ア・メンデリソン、青木書店)である。
*本紙51~53号「今日の世界恐慌循環の特殊性=『特殊な慢性不況』とマルクス主義恐慌論の再確立について」参照。


(2)日本のバブル崩壊後の超長期停滞の根本原因とは何か――構造的過剰生産力

 日本のバブル崩壊後の超長期停滞の根本原因は、一言で言えば構造的過剰生産力・過剰資本である。それは、戦後高度成長期に形成された重化学工業の突出した過剰生産力の一挙的構築によるものである。この時期に日本の戦後蓄積構造の骨格が形成された。自然発生的な「内から」と「下から」の国内市場と生産過程の形成を経ることなしに、それと無関係に米国から導入・移植された最新技術=最新鋭設備導入と巨額の対米借款、農業の急速な解体と農村の相対的過剰人口の工業・都市への暴力的吸引を結合する形で「外から」と「上から」の強行的・加速度的な資本蓄積が行われた。
 高度成長期は、第1次(1955-1965年)と第2次(1965-1971年)の2期に及び、第1次も、第2次も、設備投資が突出して主導した高度成長という意味では共通するが、第2次は設備投資の割合が相対的に減少し、代わりに輸出への依存度が倍増した。しかもその設備投資自身の誘因も輸出に依存する度合いが増えた。
 こうして、第1次では、主として重化学工業の設備投資が、国内市場の、とりわけ過少な個人消費需要と無関係に相対的に独立した形で、第Ⅰ部門(生産手段生産部門)の内部循環「Ⅰc部門内循環」(*注参照)を通じて累進的に拡大した(「投資が投資を呼ぶ」)。この流れは第2次も続く。この第1次、第2次を通じた「Ⅰc部門内循環」こそが、日本の異常な「高度成長」を可能にした秘密である。これら重化学工業は、基本的には素材から加工への3つの系列――金属から機械へ、金属から窯業・土木・建設へ、石油精製・化学から繊維・化学加工へ――から形成された。こうして1960年代半ばに最新鋭重化学工業が確立した。
 そしてこの「Ⅰc部門内循環」は、雇用と賃金の持続的増大をもたらし、その旺盛な消費欲によって個人消費の増大と第Ⅱ部門(消費手段生産部門)の発展を促進し、日本資本主義全体の再生産が可能になったのである。家電製品と乗用車を代表とする新しい耐久消費財の普及は、第Ⅱ部門の重化学工業、とりわけ電気機械工業、自動車工業を飛躍的に発展させた。耐久消費財の膨大な需要が、さらに第Ⅰ部門に大量の投資需要をもたらし、「Ⅰc部門内循環」を累進的に拡大していくことになった。鉄鋼業―電気機械―自動車を基幹産業とする、すなわち第Ⅰ部門と第Ⅱ部門の重化学工業の相互増幅作用、Ⅰc部門内の高速度循環を機軸とする日本特有の「フルセット産業構造」が確立された。
 そして「恐慌の究極の原因」である狭隘な大衆消費から突出して乖離した重化学工業の膨大な過剰生産力が過剰資本となって積み上がった。日本の最新鋭重化学工業は、当初から国内個人消費との連関から切り離された世界市場向け、輸出依存の過剰生産力である。これがバブル崩壊により一挙爆発的に顕在化したのである。

*注:「Ⅰc部門内循環」とは、マルクス『資本論』第二部の「再生産論」における「Ⅰc(第Ⅰ部門の不変資本)の部門内循環」のこと。生産手段生産部門(第Ⅰ部門)が、自らの生産過程で消費した原材料や機械(不変資本c)を、自らの生産物(生産手段)で補填する(再生産する)過程を指す。レーニンも『ロシアにおける資本主義の発展』で、ナロードニキがロシアでは「資本主義は市場がないため発展できない」という主張に反論するために、マルクスの拡大再生産表式を用いて、「生産のための生産、つまり資本主義は、消費者の需要(第Ⅱ部門)を一定期間無視して、自らの技術発展、機械化、分業拡大のために、生産手段(Ⅰc)を増強することが可能だと反論した。日本の高度成長期はまさにこの「Ⅰc部門内循環」の典型であった。

(3)戦後構造的過剰資本は2005年前後に解消されたが、過剰資本は残り続ける

 では、この構造的過剰生産力・過剰資本はどのように解消され、あるいは解消されなかったのか?
 日本は、バブル崩壊前に、いわゆる対米集中豪雨的輸出の形ですでに過剰資本のはけ口を米国市場に求めた。70年代から80年代初めにかけて工作機械・自動車、80年代半ばには半導体が米国になだれ込み日米摩擦を引き起こした。結局は米帝が日本を標的にした1985年のプラザ合意で超円高を強制し、輸出競争力を奪い、これら産業の対米投資を命じた。
 従って、バブル崩壊による過剰資本は、もはや集中豪雨的な対米輸出で解消することは不可能になった。当時、過剰資本の廃棄とは、3つの過剰の「過剰設備、過剰雇用、過剰債務」を意味した。設備稼働率を下げても無理な場合は設備廃棄、過剰雇用は賃下げで対応できなければ解雇、債務を返済できなければ不良債権・返済不能となり、経営危機・企業倒産の嵐が吹き荒れる。1990年代の金融資本の合言葉はこの「3つの過剰の解消」であった。
 その頂点が「平成金融恐慌」だ。97年秋から99年春にかけて銀行・金融機関の不良債権危機が爆発した。三洋証券、山一證券、北海道拓殖銀行を皮切りに、日本長期信用銀行、日本債券信用銀行など巨大金融機関が破綻した。財閥系銀行でさえ単独で生き残ることができず、2006年に、それまで都銀13行、大手20行と言われてきた銀行群が大規模な再編・統合を経る中から、3大メガバンク(三菱UFJフィナンシャル・グループ、みずほフィナンシャル・グループ、三井住友フィナンシャル・グループ)に集約され、銀行・信託、証券、クレジットカード・信販・消費者金融、生保・損保などからなる巨大金融コングロマリットが形成された。
 この3大メガバンクを軸に、かつての6大金融グループ傘下の企業集団の持つ不良債権を一気に処理し、日本の金融資本と金融寡頭制を再編・再建したのである。バブル崩壊過程で、家電・情報通信・半導体など高度成長を牽引した基幹産業が欧米や中国・アジアの産業との市場競争戦で敗北し、前記の最新鋭重化学工業を軸とする戦後資本蓄積構造は解体・没落した。完成品で国際競争力を持つ産業は一握りとなり、「自動車・一部機械モノカルチャ構造」と揶揄される事態となった。こうして2005年前後に壊滅的な形で構造的過剰資本は一旦解消された。
 その後どうなったのか? 結論から言えば、日本金融資本は自らを中国・アジアへの海外生産を軸とするグローバル金融独占資本へ変容させ、資本蓄積構造をグローバル化させることで日本資本主義・帝国主義を再確立させようとした。しかし、今度は新たな形態の過剰資本が持続的に生まれる特殊な資本蓄積構造が形成された。設備投資も雇用も海外でしか増大せず、国内の投資・雇用は抑制・縮小したまま、相変わらず個人消費は狭隘なままで、僅かな国内投資も過剰資本を生み出す。


(続く)

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