途上国収奪の定量的分析(連載その1)
途上国収奪の増大とマルクス主義「従属論」の復活

連載開始にあたって

(1)途上国収奪、植民地主義は現代帝国主義の根本問題

 帝国主義と植民地主義、帝国主義による植民地・半植民地・従属国からの収奪――これは、レーニンの『帝国主義論』の、そしてそれ以降今日に至る現代帝国主義の根本問題の一つである。
 われわれマルクス主義者、共産主義者は、なぜこの途上国収奪問題を重視するのか? 大きく2つの理由がある。第1に、これが帝国主義戦争の目的、衝動力となってきたし、今もそうだからである。第2に、レーニン時代から今日まで、帝国主義による途上国収奪は、先進諸国の支配階級の政治支配の、さらには労働運動、左翼・共産主義運動の右傾化や分裂・腐敗の物質的基礎の一つであるからだ。先進国革命が驚くほど立ち後れている最大の物的原因もここにある。
 第二次世界大戦後、旧植民地からの経済発展を理論化したウォルト・ロストウの『経済成長の諸段階―一つの非共産主義宣言』が欧米のブルジョア開発経済学のバイブルとなった。副題にあるように、旧植民地が次々とソ連と社会主義体制に引きつけられる中で、共産主義化のドミノを防ぎ、帝国主義の新植民地主義支配に繋ぎとめるための学説となった。それがこのロストウの「近代化論」だ。
 第二次世界大戦後、アジア・アフリカ・ラテンアメリカ諸国は政治的には独立したが、経済的には発展せず未開発のままだった。政治的独立で先行したラテンアメリカにおいて、「低開発」からの脱却戦略をめぐって1960~70年代に登場したのが「従属論」である。大きく2つの潮流があった。国連ラテンアメリカ・カリブ経済委員会のラウル・プレビッシュ、フェルナンド・エンリケ・カルドーゾに代表されるブルジョア改良主義的「従属論」が最初に登場した。従属していても、資本主義的工業化(輸入代替工業化)で「低開発」から抜け出せるという近代化論的「従属論」を打ち出した。
 これに対して、資本主義的工業化では不可能で、社会主義革命によってのみ低開発から脱却できるという理論を構築したのが、アンドレ・グンダー・フランク、サミール・アミン、テオトニオ・ドス・サントス、アルジリ・エマニュエル、ルイ・マウロ・マリーニに代表されるマルクス主義「従属論」だ。彼らの理論は理論的・歴史的に積極的役割を果たした。

(2)途上国収奪構造の変容、途上諸国のGDP増大、「従属論」の影響力喪失

 しかし、1980年代以降、とりわけソ連崩壊後、新自由主義的グローバリゼーション時代に先進帝国主義と途上国との関係、帝国主義による途上国収奪構造は大きく変化していく。先進帝国主義の一握りの多国籍企業が途上諸国を生産拠点として活用し始め、商品は、企画から生産財・資本財の調達・生産を経て販売まで、数十カ国の企業取引を先進国多国籍企業本社が統括するグローバル・バリューチェーン(GVC)の「企業内貿易」方式で世界中の国々の間を行き交った。この結果、確かに途上諸国のGDPが急速に発展し、途上諸国の一部が新興諸国として頭角を現した。新興工業経済地域として、アジアNIEs(韓国、台湾、香港、シンガポール)やラテンアメリカのメキシコやブラジルなどが経済成長を遂げた。
 その結果、マルクス主義「従属論」は急速に影響力を失う。革命抜きでも資本主義発展によって「低開発」から脱却できるではないかとされた。「近代化論」が勝利したかに見えた。
 さらに、反グローバリズムの活動家や論客、左翼や共産主義者の中からも、新興・途上諸国のGDP発展に幻惑され、帝国主義による新植民地主義支配、途上国収奪を否定する謬論が続々と登場した。その代表的論客の一人が、マルクス主義者として反グローバリズム運動で有名になったデヴィッド・ハーヴェイだ。彼は、「東洋が西洋を収奪するようになった」と主張した。もう一人の論客がパトリック・ボンドである。彼は「亜帝国主義」概念を使って、中国を含めBRICS全てが帝国主義国家だと非難し、BRICSに攻撃を集中した。そして彼の理論的師こそが、マルクス主義「従属論」の論客の一人、ルイ・マウロ・マリーニであった。マリーニは、「従属論」で一定の積極的役割を果たしたが、チリの極左「革命的左翼運動」(MIR)の理論家、活動家であった。MIRはアジェンデの「チリ人民連合」を左から撹乱する極左冒険主義に走った。「亜帝国主義」は共産党の反米・反帝民族民主革命戦略と一線を画す極左冒険主義の理論だった。米帝国主義の強固な覇権下にあるラ米カリブ地域で、米帝との対決を欠いた自立帝国主義論(亜帝国主義論)を主張すればどうなるか。古いウクラードや大土地所有制の広範な残存、それに伴う社会階級構造の複雑さと立ち後れ、極度の後進性と貧困化を無視し、社会を資本主義発展一色に塗り替え、教条主義的な社会主義革命路線を実践すればどうなるか、悲劇的な結末を招くことは明らかであった。
 トロツキズム諸派も中国帝国主義論やBRICS帝国主義論を主張した。国際共産主義運動の中でも一部共産党が、第二次世界大戦後、新興・途上諸国のGDP成長をもって、現代世界がほとんど独占資本主義が支配する帝国主義国になった、旧植民地主義体制や新植民地主義体制は消滅したという「帝国主義ピラミッド論」を主張した。
 「中国帝国主義論」「BRICS帝国主義論」「亜帝国主義論」に共通している根本的な理論的欠陥は、中国の社会主義的性格の否定であり、中国とBRICSのG7帝国主義国との同列視である。また、レーニンの『帝国主義論』、レーニンとコミンテルンの「民族・植民地問題」の真っ向からの否定である。しかし、「植民地主義なき帝国主義」など過去も現在も存在しない。
 実践面、戦略面での誤りはより危険だ。21世紀の今日の人類最大の問題は、米帝をはじめG7が主導する帝国主義戦争と気候危機である。それを阻止するにはG7を中心とする米帝一極支配をどう掘り崩し、弱体化するかだ。理想はG7で先進国革命を起こすことだが、すぐに起こりそうもない。もちろん、中国を除くBRICS諸国には資本主義的矛盾があり、社会主義中国にも固有の社会主義的矛盾がある。このような制約と限界だらけの中で、帝国主義戦争と気候危機をどう防ぐか、米帝の軍事、ドル・金融、ハイテク、メディアなどの覇権をどう掘り崩すかだ。われわれは、社会主義中国、BRICSや多極化世界、民族解放闘争、国際的な反米・反帝の反戦運動との連帯によって、米帝に集中攻撃を加え、米帝一極支配を覆すことを主張する。このような時にBRICS批判に執念を燃やすのは利敵行為でしかない。ほくそ笑むのは米帝国主義だ。

(3)マルクス主義「従属論」の復活。GDP増大の階級的性格が露わに

 2010年代に入って、1980年代以来の新自由主義的グローバリゼーションの諸矛盾が先進諸国で爆発し、同時に新興・途上諸国をも捉えた。
――新興・途上諸国の経済成長(GDP増大)の階級的性格が露わになった。恩恵を受けたのは、新興・途上諸国では買弁ブルジョアジーだけで、現地の労働者・人民から搾取された剰余価値は多国籍企業の先進国本社へ吸い上げられた。
――また途上国移転された生産部門は先進国多国籍企業が組織するGVC(グローバル・バリューチェーン)の一部を断片的に担うだけで、多国籍企業の工場は「飛び地」でしかなく、新興・途上諸国の資本主義発展は部分的で歪曲され、西側先進国と同様の発展が困難であることが判明した。
――途上国内部において一定の発展を遂げた新興諸国と未開発のままの途上諸国の間の格差が拡大し、新興・途上諸国内部でも格差と窮乏化が急速に進んだ。しかし、南北の分裂と格差はむしろ大きく、隔絶的なものとなった。
――「高利貸し帝国主義」による債務奴隷、これがグローバル化時代の帝国主義による途上国収奪の基本構造となった。元々、資本蓄積を欠いた新興・途上諸国は国際金融資本やIMF・世銀から借金をする以外に道はなかった。元本と利払いで瞬く間に返済不能なまでに借金は膨らんだ。
 要するに、途上諸国のGDP増大は、新興諸国を含めほとんど例外なく、本質的には、途上国経済や産業構造の自律的な資本主義発展を意味せず、西側帝国主義と国際金融資本が途上国経済を従属させ、剰余価値を吸い上げる新植民地主義的従属構造を再生産しただけだった。ブラジルもインドも南アもGDPは増えたが、後進的で古いウクラードが広範に残存し、膨大な人口が絶対的貧困に陥り、多国籍企業と融合・癒着するごく一部の寡頭支配層を肥え太らせただけであった。
 GDPが増大したのになぜ新興・途上諸国の人民は豊かになれないのか?――途上国のマルクス主義者はこの疑問と格闘し始めた。再び途上国の「低開発」と貧困問題に関心が集まった。リーマンショック以降、新興・途上諸国の成長の幻想が剥がれ落ちる中で、マルクス主義や左翼系の理論界から消えていたマルクス主義「従属論」が復活し始めた。
 一方で、ソ連崩壊後の米帝一極支配の下での、GVCなどグローバル化の新しい現実に『帝国主義論』を創造的に適用しようとする挑戦が、他方で、途上国からの価値移転を推計しようとする挑戦が始まった。いわば、途上国収奪の定性的分析と定量的分析である。

(4)途上国収奪研究の到達点と成果

 そこでわれわれは、途上国マルクス主義者とそれに共鳴する西側マルクス主義者の、現代帝国主義による新植民地主義的途上国収奪研究の定量的分析、定性的分析の到達点を順次紹介していくことにした。指針とするのは、レーニンの『帝国主義論』、「民族・植民地問題」、コミンテルンや戦後ソ連と国際共産主義運動の民族解放理論、途上国革命論(民族民主革命論、社会主義指向革命論)である。まずは、貴重な定量的分析シリーズから開始する。
 実は、このマルクス主義「従属論」の流れとは別の、社会主義中国の党・政府から、途上国開発の新しい理論が誕生した。「西洋式現代化」に真っ向から対立する「中国式現代化」論だ。それは、最近開催された「中国・アフリカ協力フォーラム」でも明らかになったように、社会主義中国の支援・援助、「一帯一路」や「平等互恵、協力共栄」原則を通じた経済発展戦略である。これも紹介していきたい (参照:中国・アフリカ協力フォーラム北京サミットを開催)

アンドレア・リッチ氏の不等価交換研究(上)
第1論文「グローバリゼーション時代の不等価交換」

シリーズの最初は、定量的分析の第1回目、アンドレア・リッチ氏の論文「グローバリゼーション時代の不等価交換」(2018年9月、以下第1論文)を取り上げる。著者は、イタリアのウルビーノ大学の経済学教授である。ここ数年、マルクス主義「従属論」の研究者が特に力を入れている、国際貿易を通じた不等価交換、通常の貿易取引の裏に隠された公式統計に表示されない価値移転を推計している。
 論文は、まず価値移転の推計の元になった理論的変遷を、①エマニュエルの不等価交換論とそれ以降の不等価交換論の主要な研究者の諸研究、次いで、②マルクスの価値法則に基づく生産価格論と価値移転モデルの諸研究を紹介し、③その上にたって、世界産業連関データベース(WIOD)を用いて、自身のオリジナルな考え方と数式、推計手順を述べ、結論を表1にまとめた。
 われわれがリッチ氏の研究成果を選んだ理由は、何よりもまず、「シリーズ開始にあたって」で述べたように、表面的なGDP増大にもかかわらず、先進諸国と新興国を含む途上諸国との質的断絶が厳然として存在するという現実を反映しているからである。なお、定量的分析は、『資本論』の、特に第三部の生産価格論、戦後の不等価交換論争の理解だけでなく、WIODを活用するための高度な数式と統計手法が必要だ。従って論文の理解は難解を極める。しかし、研究そのものが貴重かつ重要なので、紹介するに値すると考えた。われわれも、氏の研究を今後の研究の出発点としたい。
*「Unequal Exchange in the Age of Globalization」Andrea Ricci http://pinguet.free.fr/ricci918.pdf

1.各地域ブロック別、各国別の純価値移転と対付加価値比率


 表1は、新自由主義的グローバリゼーションが加速した国際貿易機関(WTO)発足の1995年から、2000年を経て、リーマンショック勃発直前の2007年までの期間の、帝国主義による途上国収奪、新興・途上諸国からの価値流出の規模(流出入を踏まえた純流出、単位100万ドル)と、それの国内付加価値額に対する割合とを示している(12の地域に分類された40カ国を対象としている)。マイナス(-)は価値の流出入の結果の純流出を表している。
 以下は、論文を参考にしながらその表からわれわれが読み解いた評価である。全体として、G7を中心とする先進帝国主義諸国が突出していることを示している。そして、今やG7が収奪される側になった、逆に新興諸国が収奪する側、先進帝国主義の陣営に入った、中国は帝国主義に転化したという様々な謬論を論破している。
――第1に、価値純移転総額(最下欄)は、1995年の4525億ドルから、2007年の8649億ドルへ、1・9倍に増えている。世界付加価値に占める割合は1・8%から1・9%へ増えている。
――第2に、G7など帝国主義国にあたる4つの地域(北米、北欧通貨同盟、北欧、および北東アジア)は常に価値流入がある。4地域全体で1995年の4525億ドルから2007年の7607億ドルへ、1・7倍。地域別では、北米(米国、カナダ)は707億ドルから2555億ドルへ、3・6倍。北欧通貨同盟(ドイツ、フランス、ベルギー、オランダ、オーストリア、ルクセンブルク、フィンランド)は1736億ドルから2250億ドルへ、1・3倍。北欧(英国、デンマーク、スウェーデン)は452億ドルから1394億ドルへ、3・1倍。ただ、北東アジア(日本、韓国)は1630億ドルから1408億ドルへ14%減少しているが、流入規模は大きい。
――第3に、価値流入地域のそれぞれの価値流入額の価値流入総額に占める割合は、1995年は最も高いのが北欧38・4%、次が北東アジア36・0%、そして北米15・6%の順となっている。
――第4に、一方、5つの地域(中国、インド、その他アジア、東欧、ラテンアメリカ)は常に価値流出があった。1995年の4062億ドルから2007年の8649億ドルへ、2・1倍と倍増した。
――第5に、価値流出地域のそれぞれの価値流出額の価値流出総額に占める割合は、中国が突出しており、1995年の30・9%が2002年には44・2%まで高まった。次にインドが1995年18・0%から2007年に21・9%に増えた。その他アジア諸国(台湾、インドネシア、トルコ)は割合こそ1995年の23・3%から2007年の16・3%に減少したが、水準は高かった。
――第6に、価値流出地域における国内付加価値の割合を見てみよう。1995年の高い割合順から、インド20・9%、中国17・3%、東欧(ポーランド、エストニア、ラトビア、リトアニア、チェコ共和国、スロバキア、ルーマニア、ハンガリー、スロベニア)16・8%、その他アジア13・3%であり、2007年はインド17・0%、中国10・9%、その他アジア10・4%だった。つまりGDPの1~2割が国際貿易による不等価交換を通じて帝国主義に持ち去られたのである。
――第7に、3つの地域、南欧通貨同盟(スペイン、ポルトガル、アイルランド、イタリア、マルタ、ギリシャ、キプロス)、ロシア、オーストラリアは、期間当初は流出であったが、期末には流入に転じた。ただし、このロシアの2000~07年の流入は、原油価格の急上昇要因が効いている。シリーズ2で紹介する一人当たりGDPの推移など、その他要因を総合的に見れば、ロシアは依然、収奪される側である。
*表下段の「純価値移転の源泉」については、「産業構造の違い」より、「多国籍企業の独占力」の増大による方が大きくなっている(1995年の44・8%から2007年の64・2%へ)。「純価値移転の所得分配」については、「賃金の国際的な違い」が、「利潤の大きさの違い」より一貫して大きく、ほぼ70%を占める。


2.G7帝国主義によるBRICS4カ国からの価値収奪


 リッチ第1論文にはもう一つの国別の価値移転表がある。紙数の都合で引用できないが、われわれは、この表を2つの集団(G7帝国主義、BRICS)に組み直した。それが表2、表3(南アを除く4カ国の価値収奪表)である。見事に対比できることが分かる。
 表2は、G7帝国主義による不等価交換を通じた新興国・途上国からの純価値収奪の規模を示している。G7全体の収奪は、この12年間に2733億ドルも増加し、2007年には6630億ドル、対1995年比1・7倍のレベルにまで達した。その間に米国の収奪規模は2・6倍へと増加し、G7内シェアも2割から3割へと急上昇した。
 表3は、BRICS内4ヵ国(南アフリカの統計数字は欠けている)が、2007年/1995年比で2~3倍も収奪されていることが分かる。中国は第1の、インドは第2の帝国主義の2大収奪源であり、この2国が収奪された価値はG7が収奪した規模の86%にも匹敵する。このうち、中国だけでも収奪源から抜け出し、G7が中国から収奪できなくなればどうなるか!これがG7帝国主義が社会主義中国打倒の対中戦争に走る衝動力なのである。
 貿易統計は、等しい商品価値と貨幣との間の「等価交換」とされているが、内実は、公式統計には表されない「不等価交換」なのである。貿易に由来する国際的価値移転は、帝国主義主導の資本主義世界経済における「中心」と「周辺」の断絶を拡大再生産するメカニズムなのである。これがリッチ氏の結論である。

(第2論文は次号掲載)

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