はじめに
テレワークやインターネット・プラットホーム利用による労働が拡がる中で、使用者と雇用契約を結んで働く「労働者」ではなくて、業務請負契約で「個人事業主(自営業者)」として働く人々が急増している。単発の仕事をプラットホームで請け負う「ギグワーカー」や、専門職なども含む広い意味の「フリーランス」などである。
これらの就労者の大半は、使用者による指揮命令を受けて労働の報酬を得る、実質上は「労働者」でありながら、労働法は適用されず、最低賃金も労働時間制限も労働関連保険からも排除され、不安定な就業で貧困生活を強いられている。政府は、この現実から目をそらさせ、「雇用によらない働き方」と名づけるが、その定義も境界も曖昧で、人数は500万とも、1000万とも見られている。
このような状況の中、今年8月14日の日経朝刊トップで、「ギグワーカー働きやすく」と題し、厚労省がギグワーカーの待遇改善の指針を年度内にも出すと報道された。特定の企業から業務を委託され、指揮監督を受けるギグワーカーを労働者とみなし、最低賃金や有給休暇を適用することを認めると言う。逆に仕事の依頼や指示に対する諾否の自由があれば、個人事業主として対象から外れる。
厚労省がこのような方針を発表したのは、①企業によるギグワーカーへの発注をさらに拡大したい思惑、②しかし、低賃金・過酷労働で、ギグワーカーの不満・怒りが高まり、トラブルが絶えない現状、③欧米でギグワーカーを労働者として保護する方向が拡大し、真逆の日本は何らかの対応に迫られていること、がある。
以下では、①日本の政府・財界が、労働法の保護対象を狭く限定し、そこから排除される労働者を個人事業主として安くこき使う政策を推進してきたこと、②欧米や韓国では、闘うことによって労働者保護を拡大しつつあること、③まだ規模は小さいが、日本でもギグワーカーの闘いが始まり、成果も勝ち取りつつあること、について概観したい。
「雇用によらない働き方」は、使用者責任を逃れ、労働コストを引き下げる
(1)1990年代からの日本経済の長期的な危機・低迷に対して、政府・財界は、その活路を労働者階級からの搾取の強化に求めてきた。それは雇用面に顕著にあらわれ、1990年代~2000年代には、リストラ・首切りによって正規労働者を低賃金の非正規労働者に置き換え、労働コストを大幅に切り下げてきた。その結果は、正規・非正規間の著しい格差であり、「年越し派遣村」に代表される矛盾・怒りの爆発であった。
さらに2010年代に入り、テレワークやプラットフォーム労働の急速な拡がりの中で、政府・財界は「雇用によらない働き方」を推進し、最低賃金、労働時間制限、労働保険などの使用者責任から逃れ、労働コストを切下げる道を追求し始めた。
(2)その号砲は、厚労省の「働き方の未来2035」懇談会の報告書(2016年8月)である。2035年を、より多様な働き方ができ自律的に活動できる社会とバラ色に描き、雇用関係・雇用者だけでなく、多様な働く人を対象とする法的施策を求め、その法的基礎は、労働法の雇用関係ではなく、民法の請負関係だと主張する。
この将来ビジョンを受けて、「働き方改革実現会議」(首相が議長)が2017年3月に出した「働き方改革実行計画」の中で、事業者と雇用契約を結ばずに仕事を請け負い、自宅等で働く「非雇用型テレワーク」の増加を強調する。そして、その環境整備を中長期的課題とする。すなわち、政府として「雇用によらない働き方」を中長期的に推進することを表明したのだ。
その後は、この実行計画に沿って、「柔軟な働き方に関する研究会」(2017年10月~12月)「雇用類似の働き方に関する検討会」(2017年10月~2018年3月)などを2年間にわたって地ならしする。議論の途中では、労働法令の保護を「雇用によらない働き方」にも拡張すべきとの意見も出されるが、2019年6月の「雇用類似の働き方に係る論点整理等に関する検討会」の中間整理において、労働者保護を適用する道は閉ざされる。自営業者としての課題に絞ることが強行されたのだ。
(3)その後の政府の政策は、自営業者としての環境整備に力点を移し、その具体化が「フリーランス新法」(2023年4月成立、2024年11月施行)である。
フリーランス法の主な内容は、「フリーランス」の取引上の弱い立場に対して、①受注段階での書面などによる明示義務、②報酬支払い期限の限度、③発注事業者の不当な行為の禁止、などを定めるが、最も重要な争点の労働法や社会保険法の適用については、何ら触れていない。
そして最後に、政府の最新の方策は、本稿「はじめに」に記した今年8月14日報道の「ギグワーカーの待遇改善」指針である。その詳細は示していないが、これまでの経緯からは、限られたごく一部のギグワーカーの待遇改善だけに終わり、ギグワーカー全体の待遇改善につながらないのは確実であろう。
世界は、労働者保護に向かっている
(1)ILOは、請負や委託による働き方が世界的に広がることを問題視し、すでに2006年に「雇用関係に関する勧告」を採択している。
「勧告」は、①雇用関係存在の決定は、契約の名称や形式にかかわらず、業務の遂行と労働者報酬に関する事実で判断、②労働の指示・統制、労働時間・場所の拘束、報酬など、雇用関係存在の判定のための指標を提示、③労働者性の指標が一定該当する場合、「法的推定」を与え、「みなし」制度も導入可、とした。これは、世界のギグワーカーの闘いに大きく寄与している。
(2)EUでは、今年4月、EU指令「プラットフォーム労働における労働条件の改善」が多数で可決された。2年以上にわたる異例の長い審議で、フランスが最後まで反対、ドイツも棄権してきたために成立が危ぶまれていたが、妥協が成立した。
この指令は、プラットフォームを通じて労働する人々が、企業との労働関係で雇用上の地位を法的に取得できることを目的とする。その核心部分は、プラットフォームが「使用者」であるかの判断として5つの基準(詳細は略)を提供し、そのうち少なくとも2つを満たすと、法的に「使用者」であると「推定」され、働く者は労働権と社会保障の権利を享受できる。成立を支援してきた国際労連(ITUC)、欧州労連(ETUC)や欧州各国の労働組合連合は「勝利」「一歩前進」と評価している。
(3)米国では、2019年9月カリフォルニア州議会で成立した「ギグ法(AB5法)」が注目される。就業者は、企業による支配や指揮命令からの自由など3つの条件がパスできなければ、労働者とみなされ、企業は労働法・社会保障法に基づく責任を負う必要がある。この「労働者性」は、企業に立証責任を負わせることも特徴という。
この「ギグ法」の対象は、管理人、建設労働者など広範囲の職種に及び、「当州および全国の労働者にとって大きな勝利だ」と言われている。
(4)韓国では、日本と同様、正規職を非正規職に変えるとともに、個人請負形式にする企業が増えている。これらの労働者の法的保護の動きが2001年から始まった。まず2008年に産業災害保険(労災保険)への適用が一部開始され、2016年に拡大された。
2021年11月には、闘う労働者と市民で「プラットフォーム労働希望探し」が発足し、活発な活動を展開している。その要求は、①プラットフォーム企業に労働法上の使用者責任を、②生活賃金の保障を、③アルゴリズムに労働者の意見を、④社会保険とセーフティネットを、⑤安全に働く権利、休む権利を、である。
労働法・労働者保護を適用させる日本の闘い
(1)ウーバー・イーツ・ユニオンは17名の配達員参加の下に2019年設立され、ウーバージャパン社に団交を申し入れた。その要求は、①事故時の配達員に対する補償、②距離計算の誤り是正、③アカウントの一方的停止禁止、④配達員の報酬の明確化、などであった。度重なる団交拒否に対して、都労委に不当労働行為の救済を申し立てた。都労委は2022年11月に配達員を労組法上の「労働者」として認め、ウーバー側に団交に応じるよう命令した。都労委に「ギグワーカー」を労働者と認定させたのは日本で初めてであり、大きな一歩前進と言える。
アマゾン配達員労働組合では、2022年9月の配送中での骨折事故に対して、労組横須賀支部や弁護団の支援を受けて労災を申請し、労働基準監督署は23年10月、勤務実態を個人事業主ではなく労働者と判断して、労災を認定した。労働者として個人事業主の配達員の労災を認めさせたのは初めてだ。また、同労組は長崎県で、委託契約終了の一方的通告に対して今年3月1日ストライキに入った。
(2)日本労働弁護団は、1985年労基法研究会が出した狭い「労働者」概念への固執が、労働法と労働者保護の適用を妨げているとして、時代の変化に適合した「労働者概念」への見直しを要求し、積極的に提言している。また、労基法から除外される「家事使用人」の過労死について、東京高裁の労災認定判決を10月4日確定させた。
(3)業務請負で働く労働者に、労働法・労働者保護を適用させるための闘いでは、日本の労働組合運動は国際的に立ち遅れている。しかし、規模が小さくとも、ギグワーカー・ユニオン労働者と支援者の闘いは、事業者との団交実現や労災認定など、確実に成果をあげ始めている。労働組合運動全体の支援が要請されていると言える。その闘いを強める中で、狭い「労働者概念」を司法的にも見直させ、ギグワーカーやフリーランスを労働者として広く認めさせる道が開けると確信する。
(東京労働)