次の「過酷事故」に備え被害隠蔽と責任逃れ
能登半島沖地震は、第二第三のフクイチ原発事故が日本中でいつ起こっても不思議ではないことを明らかにした。地震、津波で陸・海・空全ての避難経路は絶たれた。避難計画は全くのフィクションに過ぎないことを見せつけた。原子力規制委員会はこの事態にたいし「自然災害復旧を優先する」と堂々と言明した。周辺住民は屋内退避すらできないなかで深刻な初期被ばくは甘受しろと居直ったのだ。甲状腺がんになった7人の若者が東電に対して賠償を求める裁判に立ち上がった。しかし法廷で東電は甲状腺がん多発と原発事故の因果関係を否定している。福島原発事故後の13年間、政府と司法、立法、電力会社とそれに群がる原子力ムラは、こうした過酷事故の再発を前提とし、深刻な汚染と被ばく影響の否定、隠ぺい、避難指示の早期解除と帰還の強要、賠償責任の最小化、支配層の新たな利潤追求のための「復興」をやりたい放題に進める形に収れんしてきた。
壌汚染とセシウム粉塵吸入による内部被ばく実態
福島県の面積の70%は山林である。これらの山林は除染が実質不可能だ。セシウム等の放射性物質はリター層と言われる土壌表面の有機物層から土壌に移行し粘土質の土壌に強固に固定され、大雨による流出は総沈着量の1%にも満たず、森林内の動植物の生態系の中で循環しておりその影響が長期に渡ることが明らかにされている。汚染により耕作不可能になった広大な田畑も原野化し、深刻な土壌汚染が13年後の現在でも続いている。
このような状況の中、福島の汚染実態を継続的に調査している市民団体が最近、極めて興味深い事実を公表した。南相馬市西部(山を越えると飯舘村)の住民は、コメは自作をあきらめ、被験者全員が他地域から購入するなどで入手しているため、コメ摂取による内部被ばくの影響は極めて少ない。一方で土壌粉塵の吸入による内部被ばくが無視できないほど大きいというものだ。長年の生活習慣から稲作は諦めて、せめて自家消費する野菜くらいは作りたいと客土やゼオライトすき込み等でセシウム移行率を下げて野菜栽培を行っている農家も多い。それらの住民は、野菜そのものからのセシウム摂取よりも、農作業による周辺の汚染土壌の粉塵吸入で内部被ばくをしているというのだ。
帰還困難区域の解除開始と
新たな汚染「除去土壌」の発生
放射能汚染により避難指示区域は「福島復興」を旗印とした東京オリンピックに合わせるかのように全て解除された。解除基準は宅地および周辺20メートルの範囲の森林除染と宅地内2カ所の空間線量率が年間20ミリシーベルト相当を下回るというものである。周辺の山林や未利用地の土壌汚染は全く考慮されていない。広大な山林や未利用地に囲まれた住民は、そこで生活し、息をするだけで明かに内部被ばくをする。まして畑仕事、庭いじり、草刈など田園生活に欠かせない屋外活動により内部被ばくレベルは健康影響が報告されているレベルになることが明らかにされた。
このような中、政府・環境省は「将来にわたって居住を制限する」としていた帰還困難区域まで「特定復興再生拠点」という名称で数件単位での集中除染とインフラ整備を条件に解除を始めた。これにより再び高濃度の汚染土や汚染廃棄物が発生する。その放射能濃度はこれまでの除染廃棄物と比べ数段と汚染度が高いことは言うまでもない。この作業で発生する除染廃棄物は再び大熊・双葉両町にまたがる中間貯蔵施設に運び込まれるという。避難指示区域からの除染廃棄物は既に全て、中間貯蔵施設への輸送と処理が完了し、可燃物等と土壌を分別する施設も既に解体を終えている。特定復興再生拠点から発生する汚染廃棄物処理用にまた、新たに汚染土再生資材化施設が建設設置されるという。まさに延々と続く原発ゼネコンなど復興予算に群がる資本へのばら撒きそのものだ。
汚染水海洋放出と
度重なるALPS関連事故
岸田政権は「関係者の理解なしにいかなる処分もしない」との漁業者ら関係者との約束を反故にして汚染水の海洋放出を強行した。政府はIAEAによる設備検査を受けその「安全」とのお墨付きを得たことを宣伝している。しかしそのIAEA報告書でさえ、「前書き」で「処理水の放出は、日本政府による国家的決定で」あり「報告書はその方針を推奨するものでも支持するものでもない」と明記している。
政府や原発推進派は他国の再処理工場や原発は、福島原発以上の大量のトリチウムを放出している、と居直っている。しかし福島原発から放出される汚染水は、メルトダウンした核燃料デブリの冷却のため、デブリに直接接触した水であり、トリチウム以外にも60種類以上の放射性核種が含まれている。ALPSはトリチウム以外の放射能についてもすべてを除去することはできず、「告示濃度限度以下にする」というだけである。告示濃度限度は安全基準ではない。薄めさえすればいくらでも放出できる。しかしいくら薄めても大量に放出すれば、総量としては大量の放射能を出すことになる。薄めればよいという考え方は根本的に間違っている。
中国、韓国、太平洋諸国からこの海洋放出に批判の声が出るのは当然である。中国は放出に伴い、日本からの水産物の全面輸入禁止を実施した。トリチウムのみならず他核種を含む汚染水を長期にわたり放出するのであるから当然の措置だ。それを日本政府やメディアは「科学的根拠に基づかない規制」、「異常な対応」と嫌中、反中バッシングで問題をすり替えた。漁業者や関係者との約束を破り、国際的な了解も不十分なまま海洋放出ありきで強行した岸田政権のやり方こそ批判されるべきだ。
放出開始後、昨年末からALPS絡みの重大トラブルが3件立て続けに起きている。どれも、下請け作業員のミスと片付けている。しかしこれらのトラブルの根本原因は、設備の運用やメンテナンスを下請けに丸投げし、小さな「ヒヤリハット」から設備を改善し再発防止を行う、通常の企業ではごく普通にやられている改善活動を全くしていない体質である。それどころか東電社長は、昨年末の柏崎刈羽原発における数々のテロ対策不祥事に関する規制委員会の聴取に対して、「仏に魂を入れる」と精神論で説明。原子力規制委員会もこれを最終的に受け入れた。このような状態での汚染水放出はALPS自体の故障など、より深刻な汚染水放出の潜在的リスクを抱えている。ALPS処理汚染水差止め訴訟も提訴された。汚染水放出に対する反対の声を上げ続けることが必要だ。
自主避難者への懲罰的追い出し裁判闘争
福島第一原発事故により都内及び埼玉県の国家公務員宿舎に避難した11名が福島県から宿舎追い出しの違法行為を受けた精神的苦痛に対する損害賠償と退去の無効確認を求め、東京地裁で争っている。
国連人権理事会の特別報告者セシリア・ヒネメス=ダマリ―さんが2022年秋に来日して調査にあたり、2023年7月4日に報告書を公表した。報告書は、福島第一原発事故による避難者を「国内避難民」と認定したうえで、「国内避難民がその生命や健康リスクにさらされるおそれのある場所に不本意ながら帰還することを予防する対策がとられないまま、公営住宅から国内避難民を立ち退かせることは、国内避難民等の権利の侵害であり、いくつかの事例では強制退去に相当する」と明確に述べている。23年9月に行われた院内集会では、自ら原発事故避難者の調査にもあたった国際人権法の専門家を迎えて、ダマリ―さんの報告などから原発事故の避難者の居住権をいかに守るべきか討論する機会がもたれた。こうしたものを最大限活かしながら、避難者の居住権の確立を求める闘いは続いている。
汚染土「再利用」計画との闘い
汚染水だけでなく、環境省は中間貯蔵施設に埋設された汚染土のうち、8000ベクレル(Bq)/㎏以下の汚染土を「貴重な資源」として全国での「再利用」を計画している。新宿御苑と所沢市で「実証事業」の実施を発表したが、共に住民の反対運動でとん挫している。環境省は24年度を「国民の理解醸成期間」と設定し25年度から本格的な「再利用」の全国展開を狙っている。環境省は学生や若者をターゲットとしてお笑い芸人を使ったキャンペーンや、中間貯蔵施設見学ツアーを企画し、あらたな安全キャンペーンを行っている。
そもそも、8000Bq/㎏とは除染特措法で緊急避難的に設定された、除染のために必要な措置を施した上で「安全に処理できる」基準である。これを環境省自身が拡大解釈し、事実上、汚染廃棄物とみなさない基準となっている。一方、原子炉等規制法で定める再利用可能な廃棄物基準である100Bq/㎏は活きており、まさにダブルスタンダード状態だ。
新宿御苑や所沢の反対運動といくつかの団体、個人が中心となり、この汚染土「再利用」反対署名や、環境省の政策の問題点を追及する運動も始まった。
過酷事故の再発を前提とした
新たな「安全神話」にストップを
岸田政権はGXと称して原発新増設や60年超え運転を認める形で原発推進に大きく舵を切った。それは過酷事故を前提とし、福島原発事故の深刻な影響を否定、隠ぺいする政策とセットだ。福島原発事故による放射能汚染は13年経ったいまでも継続しており、問題は広範囲に広がっている。こうした問題一つ一つに抵抗していくことで政府・財界の目論見を打ち砕いていこう。
(K/S)