はじめに
これまでアンドレア・リッチ氏、ジェイソン・ヒッケル氏らの不等価交換研究を紹介してきた。今回は、シリーズの最後として、ギレルモ・カルチェディ、マイケル・ロバーツ両氏の論文『現代帝国主義の経済学』を紹介する。共にマルクス主義経済学者であり、特にマイケル・ロバーツ氏は、マルクスの利潤率の傾向的低下法則の理論的・実証研究で有名である。我々も氏から学び、自身の経済恐慌論、「特殊な慢性不況論」、資本主義・帝国主義論を論じる際に多くの示唆を得ている。日本の利潤率の傾向的低下論研究は、例えば「後期マルクスはその理論を放棄した」(不破哲三氏)や、「そもそもその理論自体成り立たない」(置塩信雄氏)などの否定論や、実証研究抜きの衒学的議論がほとんどで、マイケル・ロバーツ氏らの理論的・実証研究の足元にも及ばない。
論文『現代帝国主義の経済学』は、冒頭で「剰余価値の移転」に焦点を当てることを明記している。論文の帝国主義規定も、剰余価値移転の観点からのもので、包括的な規定ではない。著者らの研究の最大の貢献は、中心的論述を不等価交換に置きながらも、途上国から帝国主義への剰余価値移転を以下の4つの経路に沿って解明している点である。我々が本連載で取り上げてきたのは、主に「不等価交換」(UE)だった。
A.対外直接投資、ポートフォリオフロー(金融資産の売買)による第一次所得フロー(債券利息、株式利益および金利収入)
B.ドル覇権とドルのマネーサプライの制御による通貨発行益(currency seigniorage)
C.国際貿易を通じた不等価交換(UE:unequal exchange)による価値移転
D.為替レート変動による剰余価値移転
以下、A~Dを順に取り上げる。なお、原文と照らし合わせやすいように、以下の図の表示は全て論文の表示に揃えた。
(編集局)
*「現代帝国主義の経済学」(The Economics of Modern Imperialism)ギレルモ・カルチェディ、マイケル・ロバーツ(Guglielmo Carchedi and Michael Roberts)、2021年12月27日
https://brill.com/view/journals/hima/29/4/article-p23_2.xml
(1)世界的利潤率の長期的低落と剰余価値収奪
論文は全体を貫く基本的枠組みとして、世界的な剰余価値の生産と剰余価値の移転を、第二次世界大戦後の世界的利潤率の長期的低落傾向という文脈の中で組み立てる。著者らは、帝国主義諸国(IC:imperialist countries)における剰余価値の源泉が徐々に枯渇すること(図4)、その渇きを癒すために、被支配諸国(DC:dominated countries)の泉をますます利用していること、すなわち後述するように、貿易における不等価交換を通じた帝国主義的剰余価値収奪こそが、帝国主義諸国の利潤率の低下に対する最重要の対抗要因であることを強調する。
著者らは、そもそも論文を貫くICとDCの区別を生産性(有機的構成の高低)にあると見ている。つまり、世界を大きく、有機的構成が持続的に高く剰余価値率が低い高技術の帝国主義諸国(IC)と、剰余価値率が高く有機的構成が持続的に低い低技術の被支配諸国(DC)に分類する。有機的構成に基づく分類は、マルクス『資本論』第三部の生産価格論における産業部門間の剰余価値移転、このマルクスの理論を国家間の剰余価値移転に適用した戦後のアルジリ・エマニュエルの不等価交換論で重視したものである。
著者らは、持続的な技術的優位性を有する帝国主義諸国はG7、ないしせいぜい約10カ国であると定義する。それはレーニンが『帝国主義論』を書いてから100年間、何も変わっていないことを意味する。そして「不均等発展法則」は抑制されていると言う。また、著者らは「亜帝国主義」国は存在しないと言う。なぜなら、この概念は、生産性(有機的構成)格差の国際的な差異、持続的な技術的優位性に焦点を当てないからであると主張する。
論文によれば、ICの有機的構成(OCC)はDCの有機的構成よりも一貫して高い(図7)。1970年以降、ICの有機的構成は50%上昇したのに対し、DCの有機的構成は20%上昇した。2000年代前半までは、DCの有機的構成はICとの差を縮めていた。しかし、それ以降はほとんどのDC諸国(中国を除く)で大きく低下している。2010年以降のDCにおけるOCCの上昇は、中国を中心とするBRICSが寄与していると思われる。
*パワーポイント「帝国主義の経済的基礎」(The economic foundations of imperialism、ギレルモ・カルチェディ、マイケル・ロバーツ、2019年11月)
https://view.officeapps.live.com/op/view.aspx?src=https%3A%2F%2Fthenextrecession.wordpress.com%2Fwp-content%2Fuploads%2F2019%2F11%2Fthe-economics-foundations-of-imperialism.pptx&wdOrigin=BROWSELINK
*マイケル・ロバーツのブログ「帝国主義の経済学」(2019年11月14日)
https://thenextrecession.wordpress.com/2019/11/14/hm2-the-economics-of-modern-imperialism/
*ブログ「帝国主義の経済学に関するさらなる考察」(2024年4月23日)
https://thenextrecession.wordpress.com/2024/04/23/further-thoughts-on-the-economics-of-imperialism/

マルクスのいう有機的構成の基礎をなす「技術的構成」(従業員一人当たり資産10億ドル)で見れば、より鮮明となる。帝国主義諸国(IC)の生産性は一貫して被支配諸国(DC)よりりはるかに高く、その差は1950年から2007-8年の危機まで拡大する傾向にあった。2008年以降の格差縮小は、中国の固定新資本投資が増えたことによる(図6)。
A.第一次所得フローを通じた被支配諸国から帝国主義諸国への剰余価値の移転

著者らは、4つの経路の最初に、IMF統計による国際収支における「第一次所得フロー」(地代、銀行利息、金融資産収益および労働者送金の国境を越えた純フロー)を分析し、帝国主義諸国は国境を越えた純所得の流入を、非帝国主義諸国は純流出を、それぞれ長期にわたってもたらすことを確認する。そして、著者らは、帝国主義諸国をG7、被支配諸国をG20の残りと定義する。もちろん、厳密にはICもDCも全部を網羅していないが、著者らは、水準と傾向を示すには十分だと言う。
G7帝国主義諸国(IC)は、特に2000年代以降、年間純一次所得黒字を持続的に増大させており、2019年には5000億ドル以上、G7のGDPの14%に達した(図9)。G7経済にとっての途上国収奪の貢献の大きさを示す。一方、被支配諸国(DC)は純一次所得を大量に流出させており、最大で年間2500億ドル近くを流出している(図10)。新興経済の最強国でさえ、第一次所得で受け取る以上の支払いを行うという従属的な役割を強いられ、なおかつこの傾向は悪化している。
帝国主義の支配が永続化していることを示すもう一つの指標は、海外投資残高である。G7帝国主義諸国の海外投資残高は、被支配国の海外投資を持続的に上回っている。中国を除くと(G20 ex China)、その差はさらに大きくなる(図11)。
B.価値収奪の源泉としてのドルの通貨発行益(シニョレッジ)

米国だけが持つドルの特権を「シニョレッジ」(通貨発行益)という。相当量の米ドルが、(a)国際準備として、(b)各国国内での流通通貨として、(c)国際市場での支払手段として、他国によって使用されている。国際的に使用されているおかげで、ドルは貿易、投資、価値の貯蔵のための国際通貨として、各国も企業もドルを受け取らざるを得ない。しかし、価値(輸入された外国製品)は、無価値の章票(ドル)と交換される(引用者注:1971年の金・ドル交換停止によってドルは金「価値物」の裏付けを持たない単なる価値章票となった)。これはFRBが無限に発行できる特権、無価値のドルで価値物が購入できるドル覇権の特権だ。これが、米帝国主義による剰余価値の収奪の重要な源泉の一つなのである。
米国の貿易収支は恒久的にマイナスである。貿易収支が恒常的にマイナスであるのは、自国通貨が基軸通貨ドルである米国だけが許されることである。これが、1970年代初頭から約半世紀にわたって米国の貿易収支が常にマイナスである理由である。1993年以降、赤字は拡大し、2006年には7700億ドル、GDP比で5・6%に達し、2020年時点でも7000億ドル近くに達している(図12)。これが、世界からドルの純需要がある理由である。ドルの純移転は2014年に660億ドルのピークに達した(図13)。
C.貿易による不等価交換を通じた剰余価値の移転
著者らは、論文で測定方法(第6章、付録2)を示した上で、貿易を通じた不等価交換による剰余価値移転を以下のように結論づける。まず、不等価交換による剰余価値移転の対GDP比を比較する(図15)。帝国主義諸国(IC)ブロック(G20のうちG7を中心とする8経済圏で計算)への年間剰余価値移転はICのGDPの平均約1%であるのに対し、被支配諸国(DC)ブロックからの年間剰余価値移転はDC(G20の11経済圏)のGDPの平均約1%である。これは少ないように見えるが、DC11ヶ国のみであり、対象国が増えれば、結果はより大きな数字になる。さらに、これは年間ベースの移転であり、70年間の累積移転は相当な額になる。
年間輸出利益に対する剰余価値移転は、GDPに対するものよりもはるかに大きい。ICへの剰余価値の正の移転は、ICの年間輸出利益の40%以上であり、DCからの剰余価値の負の移転は、DCの年間輸出利益の20%以上である(図16)。
*訳注:輸出利益とは、輸出した商品の売上金額から、その商品の仕入れ費用、輸送費、関税などを差し引いた利益。
D.為替レート変動による剰余価値収奪

為替レートの変動は、剰余価値収奪のもう一つの源泉である。論文は次のように説明する。剰余価値移転の最大の要因は生産性にある。従って、高技術帝国主義諸国(HTC)は国際貿易で不等価交換(UE)を通じて低技術被支配諸国(LTC)から剰余価値を収奪する。輸出国である被支配諸国(DC)の有機的構成(OCC)が低い場合、輸出量が多いほど、剰余価値の損失は大きくなり、従ってDCの利潤率は低下する。この低下に対するDCの対策は二つある。一つは、輸出資本が賃金を下げ、搾取率を上げること。もう一つは、DCが為替レートを切り下げて、輸出を増大させることである。
論文は、これが、メキシコの対米輸出が対外貿易全体の75%にまで増大したメカニズムだと言う。この結果、1991年には、1ドル=2・0メキシコペソだったが、2021年には1ドル=25・0メキシコペソになった。メキシコの為替レートが劇的に切り下がり、ドルが劇的に上昇したのである。ドルの購買力は大幅に高まる。1ドルで2・0メキシコペソしか変えなかったものが、25・0メキシコペソ相当のメキシコ製品を購入できるようになるのだ。メキシコの輸出部門の資本の利潤率は上がるが、メキシコ経済全体の利潤率は下がり、全労働者は低賃金を強いられ、為替レート切り下げによりインフレが高まり、貧困化がますます深刻化する。
(2)「中国帝国主義論」を否定
著者らは、最後に、中国からICへの剰余価値の移転を検討する。結論は、中国は巨額の剰余価値をIC諸国へ移転しており、帝国主義国ではないと主張する。1990年代以降、中国からICブロックへの剰余価値の移転は平均して中国のGDPの5~10%である。ICは中国との貿易からICのGDPの平均1%を得ている(図22)。中国から帝国主義ブロックへの輸出が拡大するにつれ、剰余価値のマイナスの移転は増加し、中国の輸出利益の13%以上を占めるようになった(図23)。
(完)