われわれが開始した「定量的分析シリーズ」の今日的意義は、グローバル・サウスの現代の歴史的・集団的台頭がなぜ起こっているのか、その経済的基礎――膨大な途上国収奪、不等価交換――を解明することにある。
途上国収奪の定量的分析の3回目は、ジェイソン・ヒッケル、ディラン・サリバン、フザイファ・ズームカワラ諸氏の2021年3月の論文を紹介する。「ポストコロニアル時代の略奪:不等価交換を通じたグローバル・サウスからの価値流出の定量化 1960-2018年」である。下記の要約は一部である。是非、原文も参照してほしい。
ヒッケル氏の研究は非常に重要かつ貴重な意義を持つ。しかし、氏の「脱成長論」については、首肯しかねる。氏の研究結果が示すように、新興諸国を含む低開発国人民の生活はまだ貧しいままだ。没階級的な「脱成長論」は低開発国の発展を否定する帝国主義支配層の利益を代弁する議論である。しかし、社会主義中国は「自然との調和型の持続可能な成長」を追求し、さらに気候危機対策を前倒しで達成し、それをグローバル・サウス全体に波及させる「グリーン開発」戦略を実践している。氏には、社会体制と階級を明確に区別した資本主義的成長論批判を期待したい。
なお、氏は日本の斎藤幸平氏の「脱成長コミュニズム」論に共感されているが、これも同意し難い。斉藤氏は日本放送協会(NHK)が売り出した思想家であり、年初の番組の中で質問者から批判されていたように(1月9日「人新世の地球に生きる」)、社会民主主義者でしかない。マルクス主義者でも、マルクス主義経済学者でもない。
*「ポストコロニアル時代の略奪:不等価交換を通じたグローバル・サウスからの価値流出の定量化 1960-2018年」(2021・3・30)
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(編集局)
[1]旧植民地体制崩壊後の途上国収奪を否定する「ナショナリズム方法論」
著者たちは、まず最初に、国の発展は主に国内的条件によるというブルジョア国際開発学を「ナショナリズム方法論」と厳しく批判する。確かに、途上国の低開発を国内矛盾に解消すれば、不平等で従属的な国際関係も、北による南の収奪もなくなる。帝国主義と植民地主義を免罪する帝国主義イデオロギーそのものだ。
かつて旧植民地主義時代には、搾取と収奪は宗主国や帝国主義が軍事力を武器に途上国の資源・土地・労働力を野蛮極まりない方法で行っていたので、誰の目にも明らかだった。ところが、第二次世界大戦後の旧植民地の独立以降、商品は国際市場を通じて売買され、等価交換であるかのような外観を呈し、途上国による価値や富の収奪の形態も規模も見えなくなった。筆者らは、この「隠れた略奪」を量的に推計しようとする。
[2]南北の不等価交換の歴史的発展過程
(1)資本主義形成の発端からある植民地的略奪・収奪構造
著者たちは、資本主義の勃興期から「中心」と「周辺」の間に収奪・被収奪関係があったと言う。「イギリスの産業革命は、主に綿花に依存しており、綿花は先住民族のネイティブアメリカンから強制的に奪った土地で、奴隷化されたアフリカ人から奪った労働力を使って栽培された。イギリスの製造業者が必要とする他の重要な投入物――麻、木材、鉄、穀物―― は、ロシアと東ヨーロッパの土地で強制労働を使って生産された。インドや他の植民地からのイギリスの略奪は、工業化に必要な物質的投入資材の購入を可能にしながら、道路、公共の建物などに資金を提供し、国の国内予算の半分以上を賄った。高所得国の工業化は、それを支えた略奪のパターンを見ずに理解することは不可能である」。
植民地化の一般的な論理は、「グローバル・サウスをヨーロッパ中心の世界経済に不平等な条件で統合すること」である。南は北のための安価な労働力と原材料の供給源として、そして北の工業製品の専属市場として寄与するように作られた。
(2)1980年代以降のグローバル化時代に略奪・収奪が最大に
だが、これらの形態は、主に1980年代以後の新自由主義的グローバリゼーションの時代に大きく変わった。工業生産の中心が南に移り、北が持ち込んだ最新の生産技術を用い、サプライチェーンが形成され、一次産品だけでなく、過去数十年にわたってiPhone、コンピュータチップ、自動車などの工業製品も、ブランド物の服なども、南で圧倒的に生産されるようになった。生産性も先進国を上回るほどになり、南の低賃金を正当化する根拠は全くなくなった。にもかかわらず、例えば、南の労働者に支払われる賃金は、平均して北の賃金水準の5分の1である。南から北への輸出価格も不当に低い。
世界的な価格の不平等は、南の労働と資源のコストを押し下げる「歴史的および現代的な力の人工物」の所産である。北は南の価格を系統的に低く抑えることによって、国際交換を通じて北による収奪、略奪を実現している。現代では、北からの補助金を受けた穀物輸出と多国籍企業による土地収奪が、途上国の自給自足経済を破壊し、賃金に下方圧力をかけ続けている。
IMFと世界銀行によって貸し付けの代わりに南に課されたショック療法的「構造調整プログラム」(SAP)は、公的部門の民営化、労働者の賃金及び雇用の削減、労働者の権利の後退と組合潰しを強制する。

(3)多国籍企業の巨大化と南北の発展格差の拡大
南の価格が人為的に低く保たれているように、北の価格は人為的に高く保たれている。北の企業は特許の97%を支配している。WTO下の「TRIPS協定」(貿易に関連する知的財産権保護を定めた国際協定)によって強化された独占力の一形態は、途方もなく高いリターンを引き出すことを可能にしている。
世銀・IMFは国際金融のルールを、WTOは貿易ルールを設定できる。この機関をテコに、先進国は南が関税、補助金など産業保護策をとることを禁止し、南の開発を妨げる。その結果、高所得国の少数の多国籍企業が肥大化し、世界経済の圧倒的なシェアを支配するようになり、収益がほとんどの主権国のGDPを超えるまで巨大化する。これらの多国籍企業は、その独占的権力により、サプライチェーン全体の投入コストを押し下げながら、競争から切り離された独占的価格を設定することができるのである。
北の諸国や企業による地政学的・独占的権力の展開は、国際貿易を通じて南から労働と資源の略奪を可能にする価格差を維持している。このパターンは、グローバル・ノースで高水準の所得を維持し、公平で生態学的に持続可能なレベルをはるかに上回る物質消費レベルを維持する一方で、南の潜在的な貿易収入を圧迫し、公共サービス、経済発展、貧困削減への投資に使用される資源へのアクセスを不可能にするのである。
[3]戦後の途上国収奪=不等価交換の規模の変遷
(1)推計方法~ゲルノット・ケーラーの為替レート格差指数
著者らは、途上国収奪の推計にあたって、ゲルノット・ケーラーの方法論を採用する。ケーラーは、不等価交換による価値移転を、賃金格差で測るのではなく、北の諸国と南の諸国の間の「為替レート格差指数」(ERDI:exchange rate disparities index)に基づいて、次の式で表す。
T=d×X-X
T=不等価交換を通じて移転された価値
X=周辺から中心への輸出量
d=周辺国のERDIの中心国のERDIに対する比率
例えば、1995年のインドの一人当たりGDPはPPP(購買力平価)換算で1400米ドル(米国の価格レベルで測定)であるにもかかわらず、MER(market exchange rate:市場為替レート)ではわずか340米ドルであった。そうすると1995年のインドは、ERDI(為替レート格差指数)は4.12(1400/340=4.12)となる。つまりdの値は4.12となる。そのためにインドが輸出した商品に含まれる労働力の価値は、実際は価格表示の4.12倍の価値があったにもかかわらず、価格表示の3.12倍の価値(1400―340=1060米ドル)が米国に無償で移転し奪い去られたのである。対照的に中心国のERDIはほぼ1である。
こうした考えに基づき、筆者らは、南側が無償で北側に移転する商品の価値を北側の価格水準で測定するという方法を採用する。
価値移転は、南が世界市場で売ることができた商品、そしてそれが国内のニーズを満たすために使用されたはずが、代わりに無償で北に譲渡された労働力と資源の投入を表している。それはまた、不平等な条件で南から商品を取得することによって、北の価格で国内で生産するよりも安くなり、節約される。これは北にとっての貴重な貢物である。これらの貢物は、北の経済発展への再投資や、北の経済的・地政学的権力を強化し、不等価交換をさらに拡大する。
その後、著者たちは、ERDIを計算するために利用したデータベースである世界産業連関表(2019)、輸出に関するデータのIMFの貿易統計(DOTS)などを説明し、1960年から2017年までのすべての年について、利用可能なデータを持つ国の不等価交換による年間損失または利益を計算した。推計結果は以下の図表で示される。
(2)1960-2017年の収奪総額は62兆ドル、年最高は年約3兆ドル
図1は、1960年から2017年までの不等価交換(「周辺」グループによって計算されたすべての損失の合計)による年間価値移転の規模を示す。1960年代、南は年間平均380億ドル(2011年実質ドル)の損失を被ったが、これは当時としては大きな金額だった。しかし、価値移転の規模はその後の数十年にわたって急速に増加し、特に1983年から2005年にかけて、新自由主義的「構造調整」期間の最盛期とWTO貿易システムの確立の間に劇的に増大した。価値移転は年間最大約3兆ドルに達した。
2017年、データの最新の年、不等価交換による流出は2.2兆ドルにのぼった。言い換えれば、それはその年に2.2兆ドルで買うことができる北の商品の量に相当する。これは南にとって膨大な損失である。2.2兆ドルは、極度の貧困を15回以上終わらせるのに十分である。北にとって、これは2.2兆ドルの節約に相当し、高い消費水準を維持しながら、技術開発、軍事力などに投資することができる。全期間にわたる総価値移転は62兆ドルにのぼる。
(3)不等価交換増大の2つのタイプ。1960-70年代は貿易量の増大
時間の経過とともに、価値移転の規模は、(a)「国際貿易の量」と、(b)搾取の強さを表す北の輸出加重平均ERDIに対する南の輸出加重平均ERDIの比率(前記数式のd、以下「価格格差指数」と呼ぶ)の2つの要因からなる。
後者の傾向は図2に示されている。ここで不等価交換増大の2つのタイプを区別することができる。最初は「外延的な増大」であり、価格格差指数が変わらない場合でも、輸出量の増加により移転が増加する。一方、「内包的な増大」は、貿易の規模が変わらない場合でも、価格格差指数が上昇するために起こる。
1960年代から70年代にかけて、貿易量は増加したが、価格格差指数は比較的安定していた。この期間に起こった価値移転の増大は、ほとんどの場合、本質的に外延的であった。搾取の激しさは、1960年から72年にかけて幾分強まったが、70年代には南が労働力と資源の価格を上昇させることに成功したために弱まった。この背景には、途上諸国の資源ナショナリズムや民族解放運動の高揚がある。
(4)1980-90年代は価格差指数の急上昇による不等価交換の内包的増大
70年代の輸出パターンは、1980年代と90年代に、IMF・世銀の「構造調整」によって大きく転換させられた。この期間、価値移転の増大は主に搾取強度の増加によって推進され、図2が示すように、価格格差指数は1.4から2.8に倍増した。南の労働力と資源を安くすることによって、構造調整は南の価格の劇的な低下を引き起こした。実際、1980年代には、輸出される商品の量が増加したにもかかわらず、南の輸出品の市場価格は低下した。
1993年、南の輸出品は80年よりも市場価格が低かったが、北が受け取っていた価値は大幅に上昇した。言い換えれば、南の輸出は、輸出収入が停滞している間でさえ増加し続けた。これは不等価交換における純粋に内包的、集約的な増大を表すものであった。
(5)2000年代以降の北から南への製造業移転と不等価交換の外延的増大
2000年代初頭、価格格差指数は急速に低下し始めた。これは、南の一次産品生産者の交渉力を高めた商品ブームを反映したものである。こうした価格格差指数の低下にもかかわらず、2000年代初頭には、WTO制度の浸透と、ほとんどの中心国の製造業活動の周辺国への海外移転、アウトソーシングにより、南北貿易が著しく増加した。その結果、搾取の激しさが弱まったにもかかわらず、価値の略奪は増加し続けた。これは、不等価交換の外延的な増大を表している。世界的な金融危機の余波で南北貿易量そのものが減少し、価値移転自体が減少し始めたのは2011年以降である。

(6)社会主義中国の台頭と2005年以降の価値移転の減少
2005年以降の価値移転の減少の大部分を、ヒッケル氏らは中国の立場の変化によるものだと見ている。中国を除くと、南の他の地域からの価値移転は大きく変化していないか、あるいは増加さえしているからだ。過去10年間、中国は不等価交換を抑制するために努力し、中国からの価値移転を、2005年の南の総価値移転の42%から2017年には16%にまで減少させた。他のグローバル・サウス諸国とは異なり、「中国経済は決して強制的に構造調整されなかった」。中国は、経済政策に対するより大きなコントロールと国際貿易におけるより大きな交渉力を獲得し、「価格格差指数の改善に主導的役割を果たした」
(7)中国の損失:約19兆ドル、南の成長の累積損失は152兆ドル
表1は、2017年に中心との不等価交換による絶対損失が最も大きかった周辺国10カ国を示している。結果は、中国が最大の圧倒的損失の3570億ドルを、全期間の損失の総額約18.76兆ドルを被ったことを示している。この総損失は、現在中国の国民1人あたり約14,000ドルに相当する。中国の年間損失は、中国の年間生産高の2%にまで抑制された。対照的にベトナムは、年間生産高の17%に相当する損失を強いられている。もちろん筆者らはここで、半周辺国と周辺国との価値移転の相殺を考慮し、最終的な損失を推計している。
もし対外移転の価値が南の諸国内部で確保され、南で再投資され、なおかつ毎年の南のGDPの成長率と同じ成長率を想定すると、この期間の累積損失は合計152兆ドルにのぼる。これはこの表の総損失62兆ドルよりもはるかに大きくなる。つまり、本来なら南の国々が152兆ドルを自国のために使えるのに、北に吸い上げられたということだ。

(8)米国の利益18兆ドル
表2は、2017年に不等価交換を通じて最も高い流入利益を略奪したG7中心国を示している。ただし、著者の元の表にあったG7以外の香港、オランダ、韓国、オーストラリアのデータは除いている。G7のカナダのデータは初めから欠けている。
米国は、8560億ドルを享受しており、全期間では合計18兆ドルにのぼる。これは、今日、アメリカに住んでいるアメリカ国民一人当たり56000ドルに相当する。
図3は、7地域グループごとの流出――中国、東南アジア・太平洋、北アフリカ・中東・中央アジア、周辺ヨーロッパ、ラテンアメリカ・カリブ、南アジア、サブサハラアフリカからの流出――を集約し総体を視覚化したものである。1960-2017年のグローバル・サウスからグローバル・ノースへの価値移転総額62兆ドルの流出を見事に表示している。