2023年4月から、2024年度使用の小学校教科書採択が始まっている。7月後半から8月にかけて、各地の教育委員会議で続々と教科書の採択が行われており、大阪でもすでに半数以上の教科書が決まった。残る教育委員会議の傍聴を呼びかけるとともに、採択後に情報公開を行い、政治介入によって採択がゆがめられていないかどうか、採択の透明性は保障されていたかどうか、詳細な分析を行うことを呼びかけたい。
政府見解を書かせる文科省の教科書検定
今回の小学校教科書は、安倍政権の教育「再生」政策の集大成とも呼べる学習指導要領(2017年告示)に基づく2度目の教科書になる。そのため、全ての教科書が政府広報のようになってしまった。文科省は、今回の検定でも3つの領土問題(「北方領土」「竹島」「尖閣諸島」)で政府見解の徹底を求めた。3社全ての社会科教科書で「日本固有の領土」と書かせ、ロシア・韓国の「不法占拠」とした。他方で相手国の主張には触れさせなかった。これらの領土問題は、すべて日本の侵略戦争の結果生み出されたものであり、歴史的背景と相手国の主張を教えてこそ、領土問題の平和的解決を考える力を養うことができる。一方的に自国の主張だけを教えることは、相手国への憎しみとナショナリズムを増長させるだけである。
さらには、自衛隊の写真と活動が多く取り上げられている。災害救助が中心だが、イラク派兵やPKO活動の写真も多い。共通するのは、自衛隊の活動と戦争を意図的に結びつかないようにしていることである。
また、GIGAスクール構想に伴いQRコードが全ての教科書に登場したことが大きく報道されている。その内容の点検も必要だ。QRコードは、教科書の文章を補助するものとして有効ではあるが、社会科では2019年採択教科書から政府や省庁HPに直結するものが多く、政府の広報動画となっている場合がある。中には自衛隊「キッズ・サイト」につながるものまで出てきた。「キッズ・サイト」には、防衛白書の解説が子ども向けになされている。
歴史認識はどうか。すでに20年以上の教科書検定の強化によって、小学校教科書では日本の加害の歴史はどんどん削られていった。南京大虐殺の犠牲者数や強制連行、日本軍「慰安婦」や「集団自決」における日本軍の責任など。そんな中でも出版社によれば、かろうじて強制性を読み取れる記述を残す努力をしてきた。一方で、教科書会社の側から、文科省に忖度して書き換える傾向も強まってきた。今回、「兵士となった朝鮮の若者」の記述に「志願して」と付け加えた。日本の植民地支配下では、名目が志願であってもそのほとんどが強制的な徴兵であった。しかも1944年には徴兵制によって、23万人の朝鮮の若者を日本軍兵士とした。これらは強制そのものであった。沖縄戦での日本軍による住民の強制集団死(「集団自決」)について「軍命」「軍関与」に触れた教科書はなく、従来の書き方から一歩も進むことはなかった。
道徳の教科書は、学習指導要領の「伝統と文化の尊重、国や郷土を愛する態度」について検定意見が13件あり、前回の検定に比べて大幅に増えたことが特徴だ。それも教科書の「全巻」を不適切とし、どこが不適切かは示していない。そのため教科書会社は、「ちいきのよさに気づく」を「国やちいきのよさに気づく」に変えたり、「郷土のほこり」を「国や郷土のほこり」に変えたりして合格させた。教科書会社を「自主的に」従わせるためだけに行われた検定のようである。中には、「昔から日本各地で大切にされているものがあるよ」という表現を「君が思う日本のよさは、どんなものかな」と書き換え、子どもの心に一歩踏み込んで愛国心をすり込もうとするものもあった。
大阪では、6月3日に小学校採択に向けた全国集会で小学校教科書の分析を行い、教科書展示会でアンケートに意見を書くように呼びかけた。アンケートには、教育委員はもとより教科書会社も注視している。例えば、2017年の最初の道徳教科書採択で、私たちが問題教材と批判した「れいぎ正しいあいさつ」(教育出版2年)や「下町ボブスレー」(教育出版5年)、「星野君の二塁打」(東京書籍など3社)は姿を消した。教科書展示会に行くことは市民の貴重な意見表明となっている。
藤井寺市・教科書採択贈収賄事件の教訓
昨年11月、藤井寺市の教科用図書選定委員である校長(当時)が大日本図書に調査員名や調査員作成資料を漏洩させ、その見返りに現金を受け取ったりゴルフ・会食接待を受けていたことが報道により明らかとなった。その後、元校長は贈収賄事件として有罪判決を受けることになった。藤井寺市教委は、1月10日に「臨時教育委員会」を開催し、「中学校の数学と保健の教科書採択のやり直し」を決めた。市議会も第三者委員会を設置して真相解明を進めるとした。
1月25日には、大日本図書株式会社特別調査委員会が「調査報告書」を公表した。その中には、2011年以降、大日本図書営業局統括局長と元校長との極めて深い癒着関係が赤裸々に書かれており、予想を遙かに超えるひどい実態だった。しかも、2名の教育委員や調査員の教員が、元校長を介して大日本図書から飲食接待を受けていたことも明らかとなった。2名の教育委員は辞任に追い込まれた。前代未聞の教科書贈収賄事件に発展した。
教科書採択は、公開の教育委員会議で決定される。非常勤の教育委員が多い中で、全ての教科の全ての教科書について熟読し、研究することは不可能である。そのため、教育委員会は、選定委員会を設置する。選定委員会は、教員や有識者の調査に基づいて「答申」を教育委員会に提出する。多くの教育委員会は、その「答申」を尊重して教科書を決定する。中学校で育鵬社の採択をもくろんだ右派の介入の余地は2つあった。一つは選定委員会を密室化し、その中で育鵬社を高評価にする方法。もう一つは、選定委員会がどんな「答申」を出したとしても教育委員会が独断で採択するというものであった。右派の政治介入を防ぐためには、選定委員会と教育委員会議の公開度を高めることが決定的であった。
今回の贈収賄事件の背景にも選定委員会の密室性があった。大日本図書と癒着関係にあった選定委員(元校長)が選定委員会の中で大日本図書採択に向けてどのような役割を果たしたのか、第三者委員会でさえ全く調査することができなかった。選定委員会の議事録も録音も残っていなかったからである。
教科書運動では、採択の透明化を求め2度にわたり要望書を提出した。藤井寺市教委は、選定委員会と教育委員会の発言者名入りの議事録を作ることとなった。この贈収賄事件は藤井寺市での特殊な事件ではない。大阪府内には選定委員会の議事録がない市町村教委はたくさんある。今回の事件を教訓に、大阪府内の全ての市町村教委で選定委員会の発言者名入り議事録を作成するように求めていくことが重要である。
今年の小学校採択は、来年の中学校採択の前哨戦
今年4月の統一地方選挙で、大阪では「維新」が大幅に増えた。20の市町村(全43市町村)で「維新」の首長が誕生した。27市町村議会でも「維新」が第1党となった。大阪府議会と大阪市議会では過半数を超えた。これは極めて厳しい結果であった。選挙で惨敗した大阪の自民は、日本会議との関係強化に動いている。来年に向けて首長や議員による政治介入を防止するために、採択制度の民主化、透明化を進めることは急務である。
またモラロジー道徳教育財団(理事長は日本会議の役員、関連法人に麗澤大学)の活動が復活してきた。モラロジーが全国で行ってきた道徳教育研究会は、コロナ拡大の影響もあり、2019年82カ所をピークに減少してきた。2022年には55カ所まで減ったが、今年68カ所(ピークの80%)にまで復活してきた。学校・教員への浸透を警戒する必要がある。
一方、映画「教育と愛国」が全国で上映され、教育と教科書へのあからさまな政治介入の実態が広く明らかとなった。市民の間に政治介入の問題性が刻み込まれ、右派の動向を抑止することは間違いない。日本教育再生機構は2017年以来、機能停止状態が続いている。大阪では厳しい政治状況が続くが、闘いの基盤は十分にある。
今年から来年は2020年の成果を打ち固めるときである。現在、育鵬社は歴史で約1%、公民で約0・5%のシェアを持っている。大阪では唯一、泉佐野市で育鵬社公民を採択している。来年の中学校採択の課題は、育鵬社を完全に教科書から放逐することだ。大阪では泉佐野での不採択が最重要の課題である。今年の小学校採択を通して、私たち市民の足腰を鍛え、教科書の分析から採択制度の民主化・透明化を求める運動を強めていきたい。
(教員G)
